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第八十三話「白銀の刻、王はひざまずく」The Silver Hour, The King Kneels

 膝をついたアーサーの眼差しに、敗北の色はなかった。

 血を流し、肩で息をしながら、それでも剣はなお、彼の手にあった。


「まさか……六発も、グランドクロスを……しかも一発目より精度を上げてくるとは……」


 苦笑しながら、アーサーはゆっくりと立ち上がる。

 剣を杖のように使い、足を引きずりながら、それでも姿勢は崩さない。


 ランスは黙ってそれを見ていた。

 白銀の翼が羽ばたき、彼の足元に穏やかな風が吹く。


 アーサーが微笑み、口元の血を拭う。


「君のおかげで、眠っていたものが目覚めたよ」


 その瞬間、アーサーの全身を風が包んだ。

 いや、風ではない。――剣気だ。


 圧倒的な密度を持った剣の気配が、彼の身体から噴き出す。

 まるで目に見えるような鋭さで、観客席の空気すら切り裂いた。


「これは……!」

 ランスがわずかに目を見開く。


「そうさ、これが“王剣”の本質。

 魂が、ようやく目を覚ました」


 剣を構える動作一つで、大地が震える。

 アーサーの身体からは、過去と現在を重ねるような荘厳な気配が溢れていた。


「さあ、ランス。“騎士”として、最後まで抗ってくれ」


 その言葉とともに、アーサーの剣が地を走る。

 さきほどまでの直線的な剣ではない。しなやかで、流れるような、まるで舞のような剣術。


 ――かつて、王の剣に付き従った者だけが知る“真の剣”。


 ランスは翼を広げ、一歩後退した。

 それだけで、アーサーの一撃は空を裂き、彼の肩をかすめた。


 速い。重い。読めない。


(この剣筋……! いや、違う。今のアーサーは、“覚えて”いるんだ。前世の記憶を、完全に)


 戦場が、変わる。


 速度と精度で攻めていたランスの剣が、徐々に押され始める。

 アーサーの剣は迷いがなく、ランスの動きの“先”を読むように打ち込まれてくる。


 それでも、ランスは動いた。


 剣を回し、斜めに振り上げ、天使輪を旋回させる。

 空中に跳躍し、翼で角度を変えながら光の刃を放つ。


 だが、アーサーはそれを見切っていた。

 半歩先を読むように踏み込み、ランスの死角へと滑り込み、肘でバランスを崩す。


 ――ランスが地面に叩きつけられる。


「……ぐっ!」


 肺から空気が抜け、視界が滲んだ。

 だが、アーサーの剣は止まっていない。


 連撃。斬撃。激突。

 十合を越えて、ランスの鎧が砕け、剣が弾かれそうになる。


(くそ……! あと一歩、届かない。だが……)


 再び天使輪が回転する。

 空気が熱を帯びる。


 ランスの剣が、光と共に十字に閃く。


 アーサーの目が、またも見開かれる。


「まだ撃てるのか……!? 七発目――いや、これで八発目か……!」


 ランスは呻きながらも、踏み込む。


「知っているか? 剣技を、何度も重ねると……型が“裏返る”」


 その刹那――


 八発目のグランドクロスは、初撃とまるで違う角度、違うタイミングで放たれた。


 アーサーの剣が遅れた。


 光の十字が彼の胸を抉る。


 それでも、王は倒れない。


「王は、最後まで……民の盾であるべきだ……!」


 よろめきながらも、剣を構え続けるアーサーの姿に、ランスはかつての記憶を重ねた。


 尊敬し、誓いを立てた――“かつての王”。


 だが、ランスは振り上げた剣を下ろした。


 静かに、立ち尽くした。


「勝負は……ついた」


 アーサーが剣を落としたのは、それから数秒後だった。


 彼は地面に膝をつき、そのまま倒れ込む。

 血を吐き、呼吸を荒げながら、笑っていた。


「……やるじゃないか、“ランス”。君は、僕がかつて知っていた誰よりも……強い」


 ランスもまた、剣を地面に突き刺して肩で息をする。


「そしてあなたは、俺がかつて仕えた誰よりも、立派な“王”だった」


 観客席から、静かに拍手が起こる。

 最初は一人。次に十人。やがて万雷のような歓声が、戦場を包んだ。

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