第八十二話「主従なき再会」Encounter Without Master and Servant
空気が、凍りついた。
剣と剣がぶつかり、火花が舞う。
ランスの白銀の剣が、アーサーの重厚な剣に弾かれ、空中をかすめるように軌道を逸らす。
アーサーは目を細め、言った。
「君の剣、少し脚運びが違うが……。間違いない。ランスロット流剣術か?」
その名が空気を震わせる。観客席がざわめき、ランスの指がぴくりと動いた。
「まさか異世界で、使い手に出会うとはね……」
アーサーは納得したように頷く。
だが、ランスの表情は変わらない。ただ静かに剣を構え直す。
「俺は、ランスロットという名前に誇りを持っている。だが、それに縛られてはいない。俺は“ランス”だ。今のこの剣は、俺自身のものだ」
アーサーの目が鋭く細くなる。
「……そうか。だが、それならそれで構わない。過去の主従関係など、この場では意味をなさない。今の我々が語るべきは、剣の真価だ」
その言葉と同時に、二人が同時に地を蹴った。
――激突。
アーサーの斬撃は直線的。重く、だが無駄のない鋭さで襲いかかる。
対してランスは舞うように動く。天使の羽ばたきとともに地上を滑り、剣の軌道を曲線で返す。
交差。交錯。交撃。
観客たちの目が追いつかない。剣戟の音が連打のように響く中、アーサーの攻撃が再びランスの頬をかすめた。
だが、次の瞬間――
ランスが左足を引き、身体を沈める。
七つの天使輪が回転し、放射状に開いた。
「――グランドクロス」
天と地を結ぶように、巨大な十字の閃光が放たれる。
アーサーの目が見開かれるが、その足は止まらない。
ギリギリで、かわした。
閃光が空間を焼き、背後の地面を抉る。土煙と熱風が舞い上がる中、アーサーは地に足を着き、息を整える。
「その技は知っている……もう動く事も辛いだろう」
だが――それが“始まり”でしかないことを、アーサーは知らない。
次の瞬間、煙の中から閃光が再び走る。
――第二のグランドクロス。
アーサーは一瞬の油断のまま、それを避けきれず直撃を受けた。
鋼のような肉体がきしみ、後方へ大きく吹き飛ばされる。
「なっ……!」
まだ立て直そうとする彼の前に、すでに三撃目、四撃目が迫っていた。
剣が閃き、天使輪が一斉に回転する。
ランスの体は傷付きながらも、それでも舞い続けた。風のように軽やかに、光のように鋭く。
五撃目がアーサーの肩口を抉り、六撃目でついに彼の膝が折れる。
地面にひざまずいたアーサーは、肩で息をしながら顔を上げる。
そして、愕然とした表情で呟いた。
「……なぜ、まだ撃てる? グランドクロスは一度放てば、立つことすら困難になるはずだ……!」
ランスは静かに答えた。
「俺は、ランスロットの末裔にして……天界の加護を受けし者。
ガブリエルの意志と力が、俺の中にある。かつての制限は、もうない」
その瞳は、もはや天使でも騎士でもなく――戦う者としての誇りを宿していた。
「アーサー。あなたが剣の王なら、俺はそれに抗う光の刃だ」
アーサーは静かに目を閉じ、そして微笑んだ。
「……ならば、ここからが本番だ」