第七十九話「翼の弓舞・踊る地獄と、虹の契約」Dance of the Winged Bow, Hell’s Waltz and the Rainbow Pact
瞬間――空気が破れた。
舞台は、第二闘技場。狭く入り組んだ地形に仕掛けが多く、接近戦に向く構造だ。
そこに現れたのは、ルイ。そして、対するは“死角の暗殺者”。
全身を漆黒のクロークで覆い、空気の層すら味方につける足音ゼロの奇襲型。
主戦場は**「死角」そのもの**。
……だが、ルイは言った。
「死角? 悪いけど、俺の矢は全方位に曲がるんだ」
■ ■ ■
号令と同時にルイの背に展開したのは――
闇の翼。
広がる黒。その羽ばたきは一度きりだった。
バサッ。
そして、羽根が五枚――宙に舞った。
黒、赤、青、白、金。
それぞれの羽根は、空中でぴたりと静止し、瞬時に“意志”を宿す。
赤は灼熱、青は氷刃、白は浄化、金は雷撃、黒は虚無。
羽根たちはふわりと舞い、次の瞬間――自律起動。
空中で螺旋を描きながら、敵の周囲を囲む。
その合間を縫って、ルイは地面に左手を触れる。
「――式札・舞陣【まいじん】」
空中に散らばる紙片の嵐。
それは攻撃札ではない。舞うための“罠”。
ふわふわと舞い、やがて重力に引かれて落ちていく……かと思えば、地面に触れる寸前に一変。
すべてが――敵に向かって横滑りでホーミングを開始。
緩やかに、低空で、絶妙な軌道で。
そこから始まるのは、“地獄のダンス”。
羽根が爆ぜる。
札が追う。
黒の羽根が影を裂き、赤の羽根が爆発の矢を放つ。
青の羽根が凍てつかせ、金が空間を震わせる。
そして白の羽根が――すべての傷を無にする。
“回避”はできる。だが、避けた先に、また別の攻撃がある。
地形に逃げれば羽根が壁を滑り、札が天井から降る。
地面を走れば床に魔法陣が浮かび、虚無の羽根が時空を歪めて足を取る。
暗殺者は次第に汗を浮かべた。
「見えない場所」こそ得意とする彼に、見えない“場所”がどこにもないのだ。
そして、ルイがゆっくりと弓を番える。
引き絞られたのは、あの静かな午後に作られた“一本の矢”。
誘導、圧縮、空間制御すべてを備えた“意志を曲げる矢”。
敵が反応する。
瞬歩。消失。――だが、
矢が、曲がる。
曲がる。
折れる。
沈む。
浮かぶ。
消える。
現れる。
正面に戻る。
「――なっ……!?」
放たれた矢は、空間そのものを“踊らせ”ながら、暗殺者の目前に出現。
だが、刺さらない。
その矢の先に浮かぶのは――虹色の羽根。
静かに、ふわりと、暗殺者の眉間へ。
全ての魔力属性が収束し、支配を拒む存在へ、“契約”として触れる。
静かに、頭上に羽根が降る。
静かに、敵の動きが止まる。
――それは攻撃ではない。
強制でもない。
だが、すべての存在が知っていた。
この羽根を拒むには、“神”にならなければならない。
やがて敵が膝をつき、顔を伏せた。
テイム、成功。
札も、羽根も、すべての術式が収まり――闘技場に、静寂が訪れる。
残るのは、ただ、漆黒の翼をたたんだ少年。
「踊ってくれて、ありがとう」
羽根が一枚、彼の背に戻った。
虹色の光が、空を横切って消えた。