第七十八話「静謐なる準備と、モンスターたちの午後」 Silent Preparations and the Monsters’ Afternoon
風の音しかしない――そんな午後だった。
陽射しは優しく、牧場の草原を撫でていた。
そこにいるモンスターたちは、何も言わず、静かに動き回っている。
羽音。
草を食む音。
水の跳ねる音。
それだけが、この世界のBGMだった。
ルイは、木陰の下で**一本の枝を削っていた**。
表情に緊張はない。だが、その手元には**迷いがなかった**。
削っているのは、“**鞭の芯**”。
細く、しなりの良い獣骨と、植物の繊維を合わせた特殊構造。
握る部分には、皮のような柔らかさの“魔獣の腱”が巻かれ、
穂先には――モンスターの尾の先にあった極細の毒針が数本、編み込まれる。
**パチン、と風を裂く試し打ち。**
それだけで、近くのモンスターたちがピクリと耳を動かした。
――よく馴染んでいる。
素材を理解している。
静かに、ルイは次の作業に取りかかる。
今度は**弓**だ。
草原の奥に佇む一本の大樹。
風にも負けず、長年そこに根を張る不思議な木――
**樹皮の下にだけ、魔素が蓄積しているという性質を持つ。**
その木を刃で少しずつ削ぎ、反りのある形に整える。
張るのは、魔力に馴染みやすい魔獣の筋。
そして、**弓に魔力を「溜める」溝**を丁寧に彫り込む。
――ただの武器ではない。
魔力を通して、「意志」が流れる仕掛けだ。
矢は、それに見合うものを用意する。
モンスターの羽根を集め、一本ずつ**自らの手で整形**する。
硬すぎず、軽すぎず。
だが、飛べば“曲がる”。
**自然の流れに乗って、最後の瞬間にだけ意思を曲げる“誘導矢”。**
その矢を入れるための小さな革袋を腰にくくり、ルイは一息つく。
周囲では、モンスターたちが自由に動いている。
大きなヤギのような生物が、背中に草を乗せたまま昼寝をしていた。
空飛ぶクラゲのような魔物が、何も考えずに日光を吸っていた。
遠くでは、炎を纏った獣と水の尾を引く生き物が、追いかけっこをしていた。
みな、言葉は発しない。
だが、確かに――ルイを“中心”にして、そこにいる。
一本の矢を、ルイは弓に番える。
引き絞ると、空気が震える。
魔力が、矢と共鳴し、**空間にわずかな歪み**が走る。
……だが、ルイは撃たない。
そのまま矢をそっと戻し、目を細めた。
「これで……いい」
声は風に紛れ、誰にも届かない。
そのとき。
モンスターたちの視線が、一斉に空を向いた。
ルイもまた、空を見上げる。
遠くで、**魔獣の産声**が、微かに響いていた。
彼はゆっくりと立ち上がる。
静かに弓と矢筒を背負い、鞭を腰に下げる。
何も言わずに。
ただ、淡々と。
すべては、**次の一撃のために**。