第七話「星墜つとき、闇は砕け散る」 When Stars Fall, Darkness Shatters
闇の風が街を裂き、冥気が雨のように降り注ぐ。
京都の中心部に形成された聖結界は、今や災害型霊障個体と化した付喪神──“阿”と“吽”の双貌に取り込まれていた。
──── “阿吽双界・厭霊輪廻”
二つの古鏡が交錯し、現世と冥界の境界を破壊。
呪詛の奔流は都市を覆い、寺社仏閣は鉄と石の墓標と化す。
ほぼ全編:戦闘描写(90%)
周囲を覆う濁流のような邪気に、流威の式神は次々と蹂躙された。
式神・刃狼は両鏡の咆哮に膨大な呪力を吸われ、影となって消え去る。
雷狼、氷狐、焔虎──無数の仲間が一瞬で灰塵に帰し、虚空に残るのは朽ちた魂の残響だけ。
「墨緋、影縫い!」
墨緋が駆け寄るが、“阿”の腕が唸りをあげ、猫又すら弾き飛ばす。
尾が三本に裂け、痛烈な悲鳴が夜空に響く。
両鏡が触れ合う度に爆ぜる呪気の衝撃波。
流威は背後の石灯籠に激突し、渾身の力で跳ね起きるが、全身に縫い目を刻まれたかのような疼痛が走る。
「──くっ……まだ倒せないのか!」
「流威、手を貸す!」
高階真也の声と同時に、重厚な鈴音が鳴り響く。
彼の背後に現れたのは、晴明と宗惟、二人の師匠だった。
「時は来たり。秘奥義、共振せよ!」
晴明の一閃
「星宿転輪・天符一閃」
天に舞う五芒星符が結集し、蒼白き光輪となって阿鏡を削ぎ落とす。
鏡面に浮かぶ古神文字が焦げ、ひび割れ始めた。
宗惟の呪詠
「鏡断呪法・逆因破鏡」
経文と札の因果を逆転させ、吽鏡の周囲を貫く断罪の呪詛。
鈍い衝撃がしなり、吽鏡は苦悶の唸りと共に裂けた。
だが双鏡は最後の抵抗を見せる。
“阿吽双界”の核から、不和と憎悪の鬼気が噴き出し、四方八方へ閃光の檻を張り巡らす。
「これを……止める!」
流威は残された命綱のように、最後の式符を握り締めた。
傷だらけの手で吐き出す言葉は、まるで詩のように響く。
「星天落徙・冥祓陣」
天を裂いた楕円形の結界が、夜空に浮かぶ。
無数の流星が、その結界に向かって堕ちる──流れ星が一斉に冥気を貫くかの如く。
──星墜つ瞬間、闇は砕け散る。
阿鏡と吽鏡の残骸が炎のように崩壊し、濁流の呪気は光粒子へと変わって舞い散った。
最後に残ったのは、清浄なる静謐。
調伏と余韻
流威は星屑の雨に包まれながら、地に膝をつく。
そこへ三つの銀の珠──付喪神“阿”“吽”の魂が収束し、流威の手のひらへと滑り込む。
「……契約、完了」
声はかすれ、だが確かに力を取り戻したように響いた。
全身の痛みも、儚く消えゆく。
不穏な余光
夜が明けようとする静寂の中、流威は立ち上がり、空を見上げた。
そこには、まだ見ぬ何かの気配があった──
遠く神界の裂け目から忍び寄る、冷たい視線。
星の如き闘志を、その瞳が見据えている。
「次の戦いが、もう始まっているのかもしれないな……」
静かに微笑む流威の背に、朝靄がかかる。
一期一会の戦いは終わったが、彼の物語は、まだ終わりを告げない──。