第七十七話「南無三、眼光のカタストロフ」Eye Catastrophe
その瞬間、空気が変わった。
ただの昼下がりが、“視界の破壊”に塗り替えられる。
紅い和装が風を裂き、十六の瞳が光を喰らう。
異形の妖――“南無三”。
静かに笑って立つだけで、世界がざわめいた。
「えー……あれ、誰?」
「……っていうか、今……何が動いた?」
「ちょ、待って、目がチカチカする――」
観客の声は、戸惑いの合唱。
誰もが“何か”を見たようで、“何も”見ていない。
対するは銀装のガーディアン。
盾とスピアを構えた、鉄壁の亜人戦士。
――だが。
「敵がどこにいるのか分からない」戦場に、防御の概念など無意味である。
「試合、開始ッ!!」
その号令が、地獄のスイッチを押した。
――光が、笑った。
南無三は動かない。
ただ、十六の瞳が**“異常な軌跡”**で宙を巡る。
一つは上空から“光線”。
一つは地中から“影貫き”。
一つは観客の網膜に“幻視焼き付け”。
視界が悲鳴を上げる。
「ガッ……!?!?」
ガーディアンが盾を上げるより早く、“光なのに重い”照射弾が降下。
天から金属ハンマーのような質量ビーム。
盾が軋み、銀装が悲鳴を上げた。
「……なっ、何が――」
次の瞬間。
回転。
眼が、飛ぶ。
眼が、回る。
――《多眼重回転砲》起動!
七つの眼が空中で独立回転を開始し、
質量付きレーザーを連射。
ドドドドドドドドドド!!!
「ッ……ぐ、ああああああああ!!」
盾が、溶ける前に“砕ける”。
地が抉れ、砂塵が舞う。観客は言葉を失う。
十秒。
たった十秒で、戦場は情報量に飽和した光の地獄絵図と化した。
だが――。
ここからが、“南無三”の本番だった。
彼女は、腰を落とす。
全身の気配が、沈む。
静寂。
目だけが、踊っている。
そして――。
「――フルスイングいっくよお☆」
南無三、踏み込みッ!!
背中の翼から射出された“巨大眼球塊”が、
全魔力、全重量、全世界の物理否定を乗せて突っ込む!
ズガアアアアアアン!!!!!
地響きと共に、ガーディアンの胸板が消し飛んだ。
地面ごと沈み込み、南無三は宙へ舞い、空中一回転。
「――はい、着弾カモン♡」
空中で待機していた眼たちが、
ターゲットロック。
――照射、連携、無慈悲。
ビィィィィィイイイイ――――ン!!!
光の柱が地を抉る。
ガーディアンの姿が――存在ごと、消えた。
観客、沈黙。
審判、硬直。
ただひとり、勝ち残った“紅い異形”が、微笑む。
「てへっ☆ ちょっと……本気、出しちゃった♡」
ピクリとも動かない審判が、ようやく肩を震わせて――旗を上げる。
――勝者、南無三。
その間も、空に浮かぶ瞳はくるくると巡っていた。
戦いが終わっても、終わらない者の瞳が――
観客席の一部が、泣きながら目を伏せる。
「もう……見たくない……目が……怖い……」
誰もが知った。
あの存在を、刺激してはいけないと。
そしてルイは、芝生の上で静かに水を飲みながら、ぽつりと呟いた。
「……あれ、進化成功って言っていいのかな」
隣で芦屋が目を細めて答えた。
「進化の方向性がバグってるだけで、強さは間違いないですね」