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神の余興により堕とされた異端の翼、その者、異界にて覚醒し神すら恐れる陰陽術を操る  作者: アマ研
第四章 異界洞穴、開戦の咆哮 ―The War Begins in the Hollow Below―
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第六十八話「矜持の果てに、光は降る」 At Pride’s End, Light Descends

 戦争は、静かに終わっていた。


 轟音も咆哮も止んだあとの戦場には、かすかな風の音だけが残る。


 それは、戦士たちの矜持がぶつかり合った果てに訪れる、わずかばかりの余白。


 血に濡れた土、折れた剣、燃え尽きた魔法具、そして……命の尽きかけた者たち。


「……よく、ここまで持ったな」


 ルイは誰に語るでもなく呟き、腰の札束から一枚の符を取り出した。


 その手は静かでありながら、迷いもなく――まるで儀式のような所作だった。


 振りかざされた札が宙を舞い、一人の瀕死の兵士に音もなく触れる。


 淡い緑光が、男の身体を包んだ。


 肉が再生し、折れた骨が繋がり、裂けた皮膚が癒されていく。


 まるで神話の再演。


 男は瞳を揺らし、何かに救われたような吐息を漏らした。


「……これは……命の、光……?」


 **


 ルイは振り返らず、次の符を飛ばす。


 今度は三枚が同時に放たれ、それぞれが異なる方向へ、流星のように滑っていく。


 そこかしこで光が花開くたび、倒れていた者たちが一人、また一人と目を覚ましていった。


 彼らは敵兵だ。だが、ルイにとっては“癒されるべき命”であり、“契約すべき魂”だった。


 **


 やがてルイは立ち止まり、手を空へとかざした。


 周囲に刻まれる式陣。空間が揺らぎ、風がざわめき、精霊たちのささやきが重なる。


「……今こそ、癒しを降らせよ。すべての命に、等しく」


 その言葉と共に、頭上に広がった巨大な魔法陣が煌めき始めた。


「〈天癒展陣・式封神環〉」


 無数の光の糸が、空から舞い落ちる。


 それは術式ではない。


 祈りだった。


 赦しであり、誓いでもあった。


 光が地に落ちるたび、呻きが消えていく。


 傷口が閉じ、断たれたはずの命が再び立ち上がる。


 そして、その一部の者たちの胸には、ほのかな印が刻まれた。


 ルイのテイム――魂に契約の紋が咲き、彼らは新たな名を持つ。


 **


 遠く離れた丘の上、視線の主がその光景を凝視していた。


 男は黒衣に身を包み、目元を隠す仮面をつけている。


 ヴァルグラッドの情報局、その中でも“無影”と呼ばれる特殊諜報班の一員だった。


「――これは……何だ……? 一人の術者が、まるで“神”のように……」


 彼は震える手で通信水晶に言葉を送る。


「対象人物、単独で中隊規模の癒し・回復を完了。さらに、一部に“契約印”らしき光反応。これより……さらなる監視を――」


 だが、その言葉が終わるより早く、背後で“気配”が立った。


 **


「……見られています、ルイ様」


 それは、百の魔眼を持つ式神・百目の囁き。


 ルイは目を閉じ、静かに一枚の札を宙へ放った。


 風に乗った札が、一筋の流星のように宙を走り――


 スパイの背中に、音もなく吸い付いた。


「……!?」


 次の瞬間、雷鳴のような術式電流がスパイの身体を貫いた。


 男は一言も発せぬまま、意識を刈り取られ、地に崩れ落ちた。


 **


 その体が再び光に包まれるまで、そう時間はかからなかった。


 今度は癒しの札が貼り付き、淡く温かな光が全身を包む。


 まるで、死を否定するように。


 意識を取り戻した男は、胸に刻まれた紋に手を当て、うめいた。


「……私は……なぜ、生きている……?」


 彼の瞳は、もはや敵のそれではなかった。


 怯えと困惑、そして――微かな敬意が、確かにあった。


 **


 ルイは、すでにその場を離れていた。


 新たに加わった仲間たちと共に、陣の外へ向かう。


 その背に従う者たちは、皆異彩を放っていた。


 戦で名を上げた者、孤独に生きた者、復讐のために剣を取った者。


 そして今、彼らは“命を繋ぐ者”に魅せられ、彼の影となることを選んだ。


「さて……これからどう動くか、だな」


 エルフ王国は、いまだ後手に回っている。


 攻めに転じるべきか、あるいは、内政を固めるべきか。


 だが、そのどちらも今の俺には響かない。


「夜に作戦会議を開こう。皆の声を聞きたい」


 遠く、夜風が吹く。


 その風の中、ルイは静かに目を閉じ、独り言のように呟いた。


「……非常に、良い戦争だった」


 その言葉は、ただの回顧ではない。


 救いがあり、選び取った命があり、そして――始まりがあった。


 戦争の終わりにして、物語の序章。


 光は、今も戦場に降り続けていた。

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