第六十七話「ただ、ありがとう」 Nothing but Thanks
「──ありがとう」
その言葉は、意識するよりも先に、口からこぼれていた。
別に、敵に情が湧いたわけじゃない。
でも、今の戦いで、ひとつわかったことがある。
自分という存在の、“力の使い方”の輪郭が、はじめて形になった気がしたのだ。
この世界に転生して、十五年。
力はあった。けれど、扱い方が分からなかった。
陰陽術に、精霊術、テイム、身体強化、霊力操作、魔力制御……
多すぎる要素の中で、何が正解なのか、ずっと探していた。
だけど今日。
それは答えじゃないかもしれない。
けれど、間違いなく──“コツ”を掴んだ。
だから、まずは感謝の言葉を。
そして、次にすべきことは一つ。
「……終わらせてあげるよ」
その声音は、自然で、静かだった。
いままでの自分の打撃は、今思えば幼稚なものだった。
足を回して、太腿から腰、肩、腕、拳へと力を伝え──
霊力と魔力を“インパクトの瞬間”に混ぜていた。
それは、ただの合わせ技だった。
だが今は違う。
一歩先へ進めたのだ。
円運動。
まず、片足で円を描く──そしてもう片方の足で、さらに半円。
動作が繋がり、流れが生まれる。これだけで力の効率は1.5倍以上。
太腿の段階で、霊力と魔力をブレンドし始める。
そして腰、胴、丹田……全身で、二つの力を“攪拌”する。
シェイクのように混ぜ、回し、整え、練り上げる。
その中で力は、加速し、暴発寸前の臨界へと至る。
拳を構えたときには、すでに身体の中で雷鳴が轟いていた。
あとはただ、それを一つに収束させて──
──撃つ。
踏み込み、捻り、爆発。
拳が音を置き去りにする。
空気が裂け、時空がたわむような音が、遅れて届く。
打撃は、感触すらないまま対象を貫いた。
敵が吹き飛ぶ。
遅れて、爆音。
鼓膜が揺れ、周囲の瓦礫が跳ねる。
そして──
敵の身体を、光が包んだ。
淡く、柔らかく、それはどこか穏やかな光。
暴力的な終わりではなく、確かな“結果”を示す印。
テイム、完了。
ルイは、静かに息を吐いた。
この戦いに名をつけるとしたら、ただ一つ──
**「感謝の一撃」**だった。