第六十五話「焔獅子は、戦火に帰る」 The Flame Lion Returns to the Fires of War
瓦礫と熱風の残る戦場で、ヴァルハルトは足を止めた。
その手には、大振りな斧が握られている。重さ、柄の太さ、手に馴染む感触──どれも、自分のそれとは微妙に違う。
戦闘の混乱の中で、投げれたそれを反射的に掴み、そのままだったが。
「……そろそろ、返すか」
ヴァルハルトはその斧を肩から下ろし、近づいてくる男に向けて差し出した。
本来の持ち主、斧神ガウルダ。
テイムされながらも、その圧倒的な存在感を損なわない、静かな暴の化身。
無言のまま、ガウルダは斧を受け取る。
互いに言葉はない。けれど、その一瞬だけ、火と岩が重なったような、沈黙の共鳴があった。
そして、ヴァルハルトは気づいた。
──妙に、調子が良い。
疲労感はあるはずなのに、身体は軽い。呼吸は静かで、思考は冴えている。
精神の輪郭がくっきりとして、余計な雑念が霧のように晴れていた。
「……何だ、この感覚は?」
内から溢れる力は、以前のように荒ぶっていない。
制御され、方向性を持ち、まるで自分の意思と完全に重なっている。
不自由どころか、むしろ以前より自由だとすら感じる。
これが、ルイという少年の力なのか──
あるいは、その“術”の真髄か。
彼の視線は、戦場の向こうへと向いた。
そこには、舞うように刃を踊らせる紅蓮姫レアラ。
彼女の相手をしているのは──見たこともない悪魔。
漆黒の体躯、六枚の羽、額に浮かぶ封印の魔紋。尋常な存在ではない。
「……いつの間に、あんなのが?」
気配はまるで感じなかった。いや、気づける気がしなかった。
その悪魔──が、レアラと互角以上の攻防を繰り広げている。
その周囲では、九尾の式神が狐火を展開し、
さらに、例の切り裂きジャッキーが鋭刃を投げ込みながら動いている。
そのどれもが、巧みに連携しているのだ。
多すぎだろ。
しかも、みんなやたら強い。
テイムとは別の術式か?
それとも、異世界特有の召喚法か?
あるいは……この世界の法則そのものを、ねじ曲げる何か。
「……わかんねぇな。けど……」
思考は膨らむ。けれど、答えが出る気配はない。
推測するには材料が足りないし、目の前の戦況は刻一刻と変化している。
「……ま、考えるのは、戦ってからでいいか」
その瞬間、焔獅子の目に再び火が灯る。
蒸気のような熱気が全身から立ち上り、地面が一瞬だけ赤く輝いた。
筋肉が弾け、足元の石がひび割れる。
そして、ヴァルハルトは再び戦場へと駆け出した。
誰に命じられたわけでもない。
ただ、自分の意思で。
この異様な舞台に、己の存在を刻むために。
焔の獣は吠えない。けれど、背を焦がす熱量が、戦の予兆を告げていた。