第六十四話「陰陽と肉体のコンチェルト」 Concerto of Yin, Yang, and the Body
瓦礫を踏み砕くように、【焔獅子ヴァルハルト】が前へ出る。灼熱の息吹を纏った拳が振り下ろされる寸前、芦屋の掌が浮き水のように流れる。受けず、逸らす。攻めず、崩す。
太極の呼吸が、巨躯の重心をほんの一瞬だけ傾けた。
そこへルイの影が割って入る。沈み込んだ姿勢から勢いを乗せて、横に薙ぐように脚を振り抜いた。重さと鋭さを兼ね備えた刃の一撃。巨体の肩を打ち、火花のように熱風が舞う。
ヴァルハルトが吠える。返す拳は空を斬るが、既にルイは逆側に回り込み、今度は逆の足で横薙ぎに斬りつけた。
芦屋が静かに歩を進める。嵐の中心のように穏やかな気配。炎の獣がルイに向けて吼えるその口元を狙い、掌底を撃ち込んだ。まるで時が止まったかのような無音の打撃――。
その瞬間、上空から収束した光線が降り注ぐ。百目の魔眼が開かれ、幾重にも重なるレーザーが獣の脚元を狙い撃つ。立ち位置を狂わされた巨体に、ルイの膝蹴りがめり込んだ。
腹を抉られたヴァルハルトの体がくの字に折れる。
「せぇいっ!」
一拍置いて、風を裂く軌道。内から外、斜め上へと脚が唸りを上げて振り抜かれる。脇腹を打ち抜いた足が続けざまにもう一撃。今度は真横から、さらに勢いを増して振るわれる。
――そして、影。
ナイフが残像を残して切り裂く。ジャッキーの双刃が獣の腕を十字に斬り上げ、すぐさまその下をカリスの刃が通る。流れるような連携。カリスの一閃は音を伴わず、ヴァルハルトの太腿を斬る。
怒声とともに拳が唸る。ジャッキーが回避、カリスが刃を交差して跳ぶ。視線がわずかにそれた一瞬。
ルイの脚が低く滑るように跳ね上がり、膝裏を狙って打ち抜く。崩れる体へさらに回転――体を捻って腰を深く沈め、反対の脚をしならせて振り抜いた。炎の獣が地を蹴って下がる、が――
芦屋が再び掌を突き出す。受け流しと見せかけての一撃。そこへ百目のレーザーが再度降り注ぎ、視界が白に染まる。
その白の中、ルイの最後の脚が走った。
踏み込みとともに内回し。外回し。外から内。角度を変えた連打の中で、決定打となる一撃がヴァルハルトの側頭部を捉えた。
巨体が地に伏す。
次の瞬間、テイムの光が点灯――しかし吠えるような咆哮とともに札が砕け、光が霧散した。
だが、その右横。ルイはすでに回り込んでいた。沈み込んだ腰、半身からの踏み込み、そして腹部への直撃――横から突き上げるような膝蹴り。
息が詰まるような打撃の直後、ルイは跳ねるように身を翻し、上体を捻って勢いを乗せ、今度は踵でなく、足の甲を斜め下から打ち込んだ。横薙ぎの一撃が決定的な追撃となり、巨体が膝を突いた。
ヴァルハルト、沈黙。
ふたたび光が発され、今度は抗うことなくその身を包み――
テイム、完了。