第六十三話「斧神ガウルダ、ついに堕つ!」 Axe God Gaurda Finally Falls!
岩をも砕く重厚な足音が響く。
地にめり込んだ斧神――ガウルダが、黙然と立ち上がる。
半壊した黒鋼の鎧が軋み、剥き出しになった筋肉の下で、魔力が脈動していた。
その両眼が、炎のごとく爛々と光を宿す。怒りではない。狩りに臨む獣の本能だ。
ルイは、じりと前に出た。
敵は重装。こちらは無手。常識では埋まらない力の差があった。
だが、異世界において“常識”は最も脆い幻想だ。
ルイがゆっくりと構えを取る。
膝を落とし、体をしならせるその姿勢は、まるで獲物を狙う蛇。
全神経を一点に集中し、ただ一瞬の隙を見逃さないためだけに存在している動きだった。
ガウルダが巨斧を持ち上げる。
「……数を揃えりゃ勝てるとでも思ったか。舐めるなよ、小僧」
その言葉と共に、斧が雷鳴を轟かせて振り下ろされる。
だが、斬撃は届かない。すでにルイの姿は消えていた。
空間が歪むほどの突進。踏み込みと同時に、ルイの拳が閃く。
ガウルダは即座に斧を横に構えた。重装の身でありながら、その動きに淀みはない。
一撃、斧で逸らす。続けざまの二撃、角度を変えて受ける。三撃目には斧の腹を巧みに使い、衝撃を殺した。
鋼と鋼の知恵比べ。わずかな判断の違いが、生死を分ける。
そして。
――“僅かすぎる、隙”。
四撃目のようで四撃目ではない。
間を削る動きが一つ、空間を裂いた。
斧を動かし切った直後の、ほんの半瞬の隙。
その刹那に、ルイの拳がねじ込まれた。
「がはッ……!」
鋼をも砕く重撃が、ガウルダの腹を抉る。衝撃で空気が爆ぜ、巨体が宙に舞った。
その胸元に、ルイが札を投げつける。
眩い光。テイムの発動。
が――
「俺が……誰に従うってんだ……!」
怒号と共に、ガウルダの体が金色の魔力を爆発させる。
貼りついた札が、裂け、燃え尽きた。テイムの光が霧散する。
それでも、ルイの動きは止まっていなかった。
地を蹴り、回り込み、横から飛び込む。
渾身の膝蹴りが脇腹を捉え、ガウルダの身体が“く”の字に折れる。息が漏れる暇すら与えず、逆脚で上空へと蹴り上げた。
無防備に浮かぶ巨体。
ルイの足が回転する。空中にいたはずの彼が、次の瞬間には上から現れた。
「落ちろ、斧神――!」
踵が閃光となり、振り下ろされる。大地が唸り、亀裂が走る。ガウルダが地面に叩きつけられ、爆風が周囲を吹き飛ばした。
再び貼りつけられる札。今度は抵抗もなく、ガウルダの全身が光に包まれる。
静寂。敵意の消失。
テイム、完了。
しばしの沈黙の後、重装の男が膝をつきながらも立ち上がる。顔には戦いの余熱が残っているが、瞳の奥にあった殺意は消えていた。
そして、彼は拾い上げた大斧を、遠くの一点へと向けて構える。
「ヴァルハルトァッ――!!」
全身の筋肉が緊張する。大地が砕けるほど腰を沈め、両手で斧を掴む。
咆哮と共に、フルスイングで斧を解き放った。
烈風を巻き込むように飛ぶ巨斧。
対するは、炎を纏う男――焔獅子ヴァルハルト。
斧の影が彼に迫る。観衆が息を呑む中、ヴァルハルトは身じろぎもせず、片腕を伸ばす。
「遅い」
巨斧を、指先で掴んだ。風が止まり、時間すら凍ったようだった。
そのまま肩に担ぎ、満足げにニヤリと笑う。
戦場に、斧神が戻った。今度は、ルイの側として。