第六十一話「絶対戦域、最強ノ四剣」 Absolute Battlefield, The Four Strongest Swords
静寂が満ちる。
あまりに濃密な殺気に、風すら遠慮して吹くのを忘れた。
立ち塞がるは――《四剣》。
三国が誇る、最強の刺客たち。
炎を纏った鋼躯が前に出る。
踏み込んだ瞬間、大気が熱で爆ぜ、地表が融けた。
【焔獅子ヴァルハルト】。灼熱を武器とする破壊の申し子。
その横を、影がすり抜ける。
【無音のカリス】。音なき殺意が刃となり、風に潜む。
その背後から、斧が振り下ろされた。
【斧神ガウルダ】。質量と速度で世界を叩き壊す暴君。
そして舞うように駆ける、細剣の紅。
【紅蓮姫レアラ】。炎の軌跡を残し、刃を絡める舞踏剣士。
敵が、四つの“死”であった。
それに対峙するは――二人。
ランスが、先陣を切る。
地を蹴り、爆風のように加速。
双剣が交差し、紅の斬撃と火花を散らす。
レアラの細剣が弾き、揺らし、滑るようにすり抜ける。
そこへヴァルハルトの斬撃。大剣が地ごと破砕する。
ランスは剣をクロスし、衝撃を滑らせ、足で体を捻って後方宙返り。
追うようにカリスの刃。影から伸びた刺突。
背を割る一撃――
滑り込む芦屋。
円を描く脚運び、最小の移動で軌道を逸らす。
そのままランスの足元へ入り、片手で押し出すように支える。
受け流しと体重操作。
芦屋の動きは“舞”に近かった。
重斧が上段から振り下ろされる。
芦屋は斜めに旋回し、重心を横に流す。
攻撃が地を砕き、衝撃波が広がる中、彼の足元だけが穏やかに滑っていた。
再び、ランスが突進。
直線の加速。二刀が交差し、火花が連なり、戦場を切り裂く。
突き抜けた瞬間、背後から紅蓮の矢。レアラの斬撃が襲いかかる。
芦屋が回り込む。
一拍遅れて、背後から逆流するように流れる拳。
回転の勢いで紅刃を逸らし、返す掌でレアラの肩を制す。
雷光のような連携。
だが、カリスの刺突が再び、死角から忍び寄る。
芦屋の身体が滑る。
背を反らし、腕で斜めに払う。刃が紙一重で空を裂く。
だが――足元に爆砕。
ガウルダの斧が着弾。地面が牙をむいて隆起する。
芦屋の身体が宙へ跳ねた。
空中、無防備。
そこへヴァルハルトの追撃。
炎を纏った大剣が、空を焦がしながら振り下ろされる。
交差する、ランスの双剣。
ギリギリで受け止める。
重圧、爆炎、金属音。全てが一斉に牙を剥く。
ランスの膝が沈む。剣が軋む。
そこへ――芦屋。回転を利用して地に着地し、受け流すようにランスを後方へ突き飛ばす。
芦屋の肩に、漆黒の刃が深く入る。
カリスの突きがついに捕らえた。
血飛沫。
だが、その身体は崩れず、旋回しながら再び構えを取る。
目が、静かに光っていた。
カリスの刺突をいなし、レアラの舞刃を受け流す。
ガウルダの斧撃を、重力すら捻じ曲げる円運動で受け流す。
ヴァルハルトの火剣を、風のようにすり抜ける。
まるで武の渦だった。
芦屋が舞うだけで、戦場の重心がずれていく。
それでも、彼の呼吸は乱れ始めていた。
ランスが駆ける。
火花を撒き散らしながら、二刀が敵を分断する。
直線的な軌道は、正確無比で鋭く速い。
だが四剣は、その上を行く。
ランスの肩口に炎が食い込み、足元を突き崩され、カリスの刃が喉元へ――
芦屋が滑り込む。
手が空気を裂き、刃の進行を変える。
そしてランスを背中ごと回転させて後方へ逃がす。
何度も、何度も、助け続ける。
けれど。
芦屋の動きが、わずかに、遅れた。
返す動きが一手、遅れ。
ヴァルハルトの火剣がその脇腹に深く走る。
火が、肌を焼き。
骨が軋む音が聞こえた。
ランスの瞳が、大きく見開かれる。
芦屋が、倒れる――その瞬間。
静寂の中に、敵の影がじわりと迫る。