第六十話「天災ノ舞、神速ノ刃」 Dance of Disaster, Blade of Divine Speed
空が割れた。
七つの魔法陣が、天の階を刻むように層を成して浮かぶ。
青、紅、金、漆黒、翠、銀、紫――それぞれが異なる術式を抱え、鼓動のように脈動する。
第一段――〈火柱の環〉。
第二段――〈雷鎖の檻〉。
第三段――〈氷雨の矢〉。
第四段――〈重力圧壊〉。
第五段――〈風刃陣走〉。
第六段――〈毒霧の静寂〉。
第七段――〈光輝の断罪〉。
まるで天の意思が怒りを込めたかのように、魔法陣が順に煌めいた。
一段目。空が焼けた。
陽炎のごとき火輪が落下し、敵陣を薙ぎ払う。金属が溶け、土が焼け、悲鳴が響く。
二段目。雷が咆哮した。
稲妻が鎖となって地表を這い、全身を鎧で固めた兵士たちを感電させ、砕いた。
三段目。天から氷が降る。
無数の氷柱が雨となって降り注ぎ、避ける間もなく突き刺さる。絶叫が、氷に閉ざされる。
四段目。重圧が降りる。
重力魔法によって地面に縫い付けられた兵たちは、身動きもできぬまま砲撃を待つ獲物となった。
五段目。風が裂ける。
見えざる刃が大気を断ち、通りすがるだけで人体を寸断していく。
六段目。沈黙の毒が満ちる。
紫の霧が地を這い、呼吸した者の神経を麻痺させて無力化する。
七段目。光が降った。
巨大な聖光の槍が天から落ち、中心にいた魔族の指揮官をまるごと貫き、爆ぜた。
炸裂するたびに、戦場が変わった。地形が変わり、戦意が崩壊する。
それでも生き残った者たちは、ただ無言で剣を構える。
そこへ――影が突っ込んだ。
疾風。否、雷光。
その者の動きはもはや視認できない。
ランス。鋭利な野性をまとう双剣の鬼。
斜めに、直線に、真っ向から。
二刀が左右非対称の弧を描き、敵を切り裂く。
重心がぶれない。脚は止まらない。
一撃で倒れぬ相手には連撃が、武器を構えた相手には踏み込みが。
右の剣で斬り裂き、左の剣で貫く。
回避という選択肢を許さない。
剣が肉を裂くたび、返す刀で次の標的へ。
その刹那――ふわりと、重力の存在が薄れたかのように。
白い影が舞い降りた。
芦屋。漂う死霊のような静けさ。しなやかな太極拳の舞。
円を描くように踏み出し、相手の攻撃を受け流す。
腕の内側で刃をそらし、肩を抜いて回避し、返す掌で喉元を打つ。
戦場に溶け込むような足捌き。
流れる水のような動き。
一瞬で相手の中心を取り、最小限の力で最大の結果を引き出す。
ランスが直線を走り、芦屋が円を描く。
一撃必殺の疾走剣と、無音の暗殺掌。
対照的な動きが、互いの死角を自然に埋めていく。
重い剣撃を放つ相手の剣を芦屋が崩し、ランスが斬る。
芦屋の柔らかい流しが相手の体勢を浮かせ、そこへランスの刃が吸い込まれる。
どちらも声は発さない。
呼吸を合わせる必要すらない。
身体が、感覚が、戦場の律動で繋がっている。
一歩、一殺。
一息、一陣。
共に戦場を舞う彼らを、誰も止めることはできなかった。
七段魔法が破壊したのは地形。
ランスと芦屋が破壊したのは“意志”だった。
もはや生き残った者たちの目には、彼らが“戦士”であることすら認識できない。
ただ“死”が歩んでくるようにしか見えなかった。