第五十七話「円の律動、四十二の深淵」 Rhythm of the Circle, The Forty-Two Abysses
一息、踏みしめた。
螺旋のように脚を回し、地を撫でるように重心を流し込む。腰、太もも、ふくらはぎ、そして足裏へ――集められた力は、回転の線を描いたまま、円の中心へと収束した。
一階層の床が、音もなく沈む。
爆発ではない。破砕でもない。ただ、円を描いて打ち込まれた一撃が、理を外れて下層へ導いた。
床が崩れ落ち、重力が背を押す。だがルイは落ちるのではない。
円運動で生まれた軌道に沿って、あたかも地中を滑るように下の階層を蹴り抜いていく。
十一階層――魔素が凝固するような空間に、かすかな「痕跡」が浮かぶ。
既に討伐されたはずのレイドBOSS。その残滓が瘴気となって渦を巻いていた。
ルイはその中心に掌をかざすと、霊力を混ぜた小さな符を一枚、空中に滑らせる。
風が反応する。霊の核が符を取り込んだ。
形なきものが式神の姿へと変じ、ルイの背へ静かに並ぶ。
再び脚が回る。
次の回転が、二十二階層の天井を砕く。
空気が淀む。影が蠢く。肉塊のような魔獣の亡骸に残された悪意が、霧のように這い出した。
ルイは迷わず足を地へ。土煙の中心で、輪の中に伏す魔の気が、霊の躯体を得て立ち上がる。
三十三階層。
ここでは、意志の残る亡霊が待ち構えていた。既に消えたはずの敵の影が、輪郭をぼやかしながら爪を伸ばす。
それより速く、ルイの膝が跳ね上がり、回転した足刀が側頭部に吸い込まれる。
霧散と共に残る霊魂。
それを符で捕らえ、式神とする。
深層へ。
三十八、三十九、四十、四十一――連続する円が螺旋を描き、床を突き破っていく。
やがて、四十二階層。
深く、静かで、冷たい場所。死に階層。音が沈む。
足をついた瞬間、空気の粒子が逆流するような感覚。魔素が異様に濃く、周囲に満ちていた。
ルイは静かに呼吸する。
「ここ一番怪しいか」
揺るがぬ声音。構えを取ることもなく、ただ自然体のまま、敵の気配を探る。
戦いは、まだ終わっていない。むしろ、ここからが本番だ。