第五十五話 「掌の盟約」 The Covenant in the Palm
風が一瞬止まり、時間が流れ出す。
獣型のモンスターが咆哮と共に突っ込んでくる。ルイは眉ひとつ動かさず、左足を軸に腰ごと半身をひねった。肩をぶつけるように突き出すと、霊力と魔力が爆ぜるように炸裂。肩の衝突でモンスターは地面を削りながら吹き飛び、そのまま契約の光に包まれる。立ち上がったそれは、すぐさま後ろから迫ってきた仲間のモンスターに牙を突き立てた。
振り向きざま、飛びかかってきた蛇型の魔物へ踏み込む。空へ跳び上がり、回転しながら足を高く上げる。かかとを振り下ろし、蛇の頭部に叩き込む。骨が潰れるような音とともに、蛇は地面に激突し、紫煙のような光に包まれて仲間に変わる。
さらに斜め後ろから、四つ脚の獅子型モンスターが襲う。ルイは低く沈みながら体を一回転させ、膝を抜くように腰のひねりで重心を逃す。そのまま勢いを利用し、回し蹴りを描くように踵を獅子の側頭部に叩き込む。霊力の奔流が炸裂し、獅子の身体が宙に浮いたまま反転し、ぐるりと空中を描いて地面に転がる。転がる瞬間に契約の紋が刻まれ、その眼に理性の輝きが灯る。
一息すら許されぬ間に、複数の飛行型モンスターが一斉に滑空してくる。ルイは上体を丸めて回避し、背後から追ってきた飛行モンスターの顎へ、反動を殺さずそのまま手刀を突き上げる。顎が砕ける音、翼がもつれ、空中で羽ばたくことすら忘れたそれは地面に墜ちる寸前、淡い光に包まれた。
そこに隙などない。回避も防御も、全てが攻撃に組み込まれ、流れるように次の敵へとつながる。
次の瞬間、巨大な岩肌を纏ったゴーレムのような魔物が、重い足取りで接近する。ルイは懐に飛び込み、拳を握りこむ。足の裏から伝わる力を、太腿、腰、肩、肘、手首――すべてを円で繋ぎながら掌に集約し、全ての流れを一点に圧縮して、腹部へと叩き込んだ。
大気が一瞬止まり、そして爆ぜる。
巨体が地面を抉って転がる。まるで山が転がるような轟音の中、その巨躯が仰向けに倒れ伏した瞬間、光が閃き、再び立ち上がったそれはすでに味方だった。
倒した。否、仲間にした。
拳を突き出し、足を踏み込み、回転と流れに身を委ね、魂と魔力をぶつけて契約を繋ぐ。戦いはもはや儀式のようであり、舞踏のようでもあった。
吹き飛ばすたびに仲間が増え、増えた仲間が次の敵を押し潰す。
その中心で、ルイはひとつの円を描き続けていた。