第五十話 「蠢く異形と動き出す者たち」 Writhing Abominations and Those Who Begin to Move
異変は、静かに――だが確実に、世界を揺るがし始めていた。
国境ダンジョン〈グレイ・ノクス〉。
各国の冒険者ギルドが共同管理するこの高難度迷宮では、通例、【ゾロ目階層】と呼ばれる11階・22階・33階・44階に巨大なレイドBOSSが鎮座していた。これらは元々、攻略者の実力を測る“基準階層”として機能しており、ダンジョン設計上も防衛線として整えられていた。
だが――
「確認されたレイドBOSS、全個体が“縮小形態”へと変化。各階層から離脱、移動を開始しています」
「加えて、42階層――“死に階層”とされていた地点から、大量のモンスターが無限湧き状態で発生中。異常です。生態系も、構造も完全に破綻しています」
冒険者ギルドからの報告が各国に届いたのは、異変発生の翌日だった。
本来、ゾロ目階層に封じられていた巨大なボスモンスターは、魔素の収束によって“意志”を持ったかのように小型化し、自律行動を開始。
一方で、魔素が停滞してるはずの42階層――いわば“死の空洞”からは、逆に魔素に汚染された異形のモンスターが際限なく湧き続け、狂ったように上層へと這い上がってきていた。
そして、それらがついに――
1階層まで到達し、地上へと飛び出した。
「――これは、自然災害なんてレベルじゃない」
情報を受け取ったルイは、すでに事態の深刻さを読み切っていた。
ハイエルフ王族としての責任、そして“異界から来た者”としての直感が、警鐘を鳴らす。
「ゾロ目階層の小型化レイドBOSSと、死に階層から湧き出た異形。…この動き、偶然の同時発生とは思えない。何者かが、意図的に“封じられたもの”を解き放ったか、あるいはダンジョン自体が自律してるか」
芦屋神祖――今やマザースライムと融合し、青年の姿へと進化した彼も静かに頷く。
「理屈で考えれば考えるほど不自然。魔素の流れ、変質、ボスの知性化……おそらく、これは“ダンジョンの深層にいる存在”が仕掛けた試練だ」
すでに各国は動き出していた。
千里眼を持つ国王、結界の異常を感知する巫女、さらにはルイの密偵組織【シークレットコイル】のスパイたちも、報告を寄せてくる。
「このままでは、各国にバラけた“新型レイドBOSS”が独自に拠点を作りかねない」
それは、国家間のパワーバランスを根底から揺るがす危機だった。
「芦屋、晴明、準備を。俺たちがまず動く。各国の対応を待っていたら、後手に回る」
「承知」
芦屋神祖が頷き、半透明のスライム状の腕から式神を数体生み出す。
かつての死者、今は生ける神器。
ルイの背には、既に数十体を超えるテイムモンスターの気配が渦巻いていた。
魔素の暴走、異常な進化、それに呼応してルイのテイムスキルもまた暴走的に成長している。
「間に合えばいいがな……間に合わなければ、“この世界”が試されることになる」
レイドBOSSは封じられていた枠を越え、
死に階層の闇は、深層から這い上がってきた。
だが、誰より早く気づいた者たちがいる――
それが、ルイたちだった。




