第四十八話 「静かなる鎖《シークレット・コイル》」 Silent Chains: Secret Coil
ダンジョン第一層。そこはもはや迷宮の顔ではなかった。
整然と区画された草地、薬草畑、魔鉱の採掘場、素材精製設備――そして、その全てを管理し働いているのはルイのテイムモンスターたちだ。
「こっちは魔法薬用のラグラスとフィルベラか……育ち具合もいい。水やり班、交代の時間だぞ」
ルイが声をかけると、水属性の小型スライムたちが入れ替わりで薬草に潤いを与える。風属性のフェアリーたちは花粉の調整を行い、地属性のゴーレムたちは畝を整えた。
まるで“生きた工場”――否、“生きた国”だ。
だが、この動きは外の者たちにも見られていた。
遥か上空。空間を裂くように開いた視界の窓。そこから、一人のスパイが“鷹の目”で地上のルイの動向を監視していた。
「……想定以上だ。“あれ”はテイマーの域を超えている」
彼は眉間に皺を寄せ、魔法符に記録を書き込もうとした――その瞬間。
背後から、氷のような声がした。
「それ以上の記録は不要だ。貴殿は“回収対象”とする」
「な――!?」
振り返ると、そこにいたのは芦屋神祖――青年の姿となったキョンシーである。
「どうしてここに!? 結界も感知魔術も突破された記録は――」
「“神祖”と呼ばれる存在を、凡俗の術式で測ろうとは失礼だな」
芦屋神祖が指を鳴らすと、スパイの動きが封じられ、彼は淡い霊糸に縛られたまま意識を失った。
そのまま、芦屋神祖はふわりと宙を滑るようにルイの元へ戻っていく。
「一人確保。魂は健全。少し拷問すれば話すだろう」
「いや……それはもう、俺の仕事になるかな」
ルイはスパイの情報と照らし合わせながら、静かに呟く。
「ここまで来たら……“防御”じゃ足りない。“対抗手段”がいる」
***
同日夜。
第一層の深部に、ルイがひそかに作った“指令室”があった。
そこには、芦屋神祖、百目、幻影操作型のクラウ、情報解析能力を持つインプ型モンスターたちが集められている。
「この組織を立ち上げる。名は――“シークレット・コイル”。静かに、だが確実に、世界を束ねる裏の鎖」
「スパイへの対抗策だけじゃない。“見えない動き”への返答だな」と芦屋神祖が頷いた。
「テイマーが“モンスター”だけで終わる時代は終わった。次は、“知性”すら従える時代だ」
ルイは手元の《ダンジョンアクセサリー》を操作し、新たなスキルの取得通知を確認する。
《テイム対象拡張:人間、亜人、獣人(特定条件下)》
《新スキル:精神掌握/服従契約/記憶の封印》
「――使い方次第では、国すら覆る力だな」
その言葉に、一同の空気が引き締まる。
モンスターに国を作らせ、
スパイを捕まえて情報を抑え、
敵対勢力すら“テイム”という名の下に従わせる――
それは、支配の始まりではなく、“均衡”を保つための鎖。
ルイの影が、この世界の裏側に静かに根を張り始めていた。




