第四十七話「王の牧場」 The King's Pasture
ギャロームが最後の地層を貫いたとき、地上への道は開かれていた。十傑たちは帰還の準備を進めていたが――一つ、厄介な問題が残っていた。
ルイのテイムモンスターたちが多すぎるのだ。
通常、他国のテイマーや魔物使い、召喚士たちは、数十体規模で使役モンスターを管理する。それ以上は制御も保管も難しく、戦力としても維持コストが高すぎるからだ。
だが、ルイの場合は違った。
既に三桁を超えるモンスターを率いており、その中には階層主級、霊獣、果ては神話級――神祖マザースライムまで含まれている。
「ルイ様。この数をそのまま地上に持ち出せば……ただの王子どころか、災厄指定されかねませんぞ」
半ば呆れながらそう忠告したのは、スライムと融合した“芦屋神祖”――元・陰陽師、芦屋である。
融合とはいえ、芦屋の性格と記憶はそのまま引き継がれており、外見は青年となったが口調と所作はどこか「老成した頑固者」のままだ。
「……まったく。餌付け一つで進化してしまうとは、我ながら情けないやらありがたいやら。だが今は、主の護衛とこの群れの保全こそ我が使命。調和を崩すようなら、躊躇なく諫言させてもらいますぞ」
ルイは苦笑した。
「ありがとう、芦屋。でも……モンスターたちをここに置いていくのは、やっぱり嫌なんだ。みんな、俺に懐いてくれてる。役割を果たした後、捨てるなんてできない」
芦屋神祖はしばし沈黙し、スライム状の身体を揺らしながら言った。
「……ならば、この階層そのものを“飼育地”に変えてしまいましょう。空間固定、魔素浄化、モンスター同士の衝突を避ける為の生態区分……このスライム体ならば可能です」
こうして、ダンジョン第一階層を“ルイ専用のモンスター牧場”として改造する計画が動き始めた。
ギャロームが地形を整え、幻影魔術師クラウが森と湖を幻想で補完。晴明が護符と結界で安全区域を構築し、ヴァンの霊獣たちが秩序を保つ。
そして中心では、芦屋神祖がスライム形態の肉体を展開し、空間を構造的に変質させていく。
まるでひとつの国家が生まれるように、**“モンスターたちの王国”**が築かれていった。
***
その一方、遠く離れた他国――とある魔導国家の奥深く。結界に守られた作戦司令室にて、一人の女が結晶球を凝視していた。
「……視た。ダンジョン第一層が……変質している。しかも、魔獣の王国として」
彼女は国家に仕える“千里眼”の使い手。極めて希少な遠隔観測能力を持つ者だった。
「テイマー、では説明がつかない。あれは……“王”だ。魔獣たちにとっての」
同時に、別の王国のスパイ組織でも報告が上がる。
「我々の諜報員が帰還した。とんでもない映像だ。見ろ」
魔導投影には、無数のモンスターと、それを従える少年の姿。巨大スライムの中から現れた若き男が、指揮を執っている様子が映っていた。
「……彼は誰だ?」
「名は“ルイ・エルフィリア”。だが、調べれば調べるほど“その前”が見えない。出生記録も、生誕式も――すべて、数年前から突然現れている」
「まさか、転生……か?」
会議室の空気が凍りついた。
***
牧場化された階層の中心、ルイは最後に一言を放った。
「……誰に何を言われても、俺は俺のやり方で守る。仲間も、モンスターも、全部」
芦屋神祖が静かに頷く。
「――良き王の風格、出てきましたな。いずれ、世界が貴方を見つけるでしょう。その時、名乗るにふさわしい“名”を」
「……ルイでいいよ。王でも、勇者でも、神でもない。ただの、ルイでさ」
モンスターたちが、静かにうなずくように頭を垂れた。
――少年が築いた王国は、まだ誰も知らない。
だがそれは、やがて世界の均衡を揺るがす“獣の楽園”として、歴史に刻まれることになる。