第四十五話 「地を穿つ者たち」 Those Who Bore Through the Earth
ギャロームが咆哮し、地中を螺旋状に穿つ。
岩盤を砕き、魔力の結晶層を突き破りながら、地下へ――ひたすらに。全長30メートルを超えるワーム型霊獣が、蠢く迷宮の血管を新たに刻み込む。
「次、敵が寄ってくるぞ、全員警戒!」
霊獣乗りヴァンの号令と同時に、ギャロームの左右から魔物が蠢き出す。
牙を剥いたのは、鋏角を持つ地獄蟲の群れ。全身を黒鉄で覆い、魔力を喰らう「喰晶種」だ。
「前衛、出るぞ!」
サイラが双剣を引き抜き、風のように舞った。流れるような一閃で、甲殻を断ち切る。追うように兄サージュがもう一体を斬り伏せた。
その間にもギャロームは止まらない。揺れる地盤、吹き上がる魔素の塵を、ミルフィーナの風障壁が押し返す。
「10秒で片付ける!」
ファーリスが雷球を投げ、着弾と同時に炸裂。爆光が蟲の群れを消し飛ばす。
地を穿つ者たちは、振り返らない。
20階層。通路の温度が急激に下がる。霜の魔素だ。
凍牙の魔狼群――青白い毛並みに魔晶を纏った群れが、音もなく忍び寄る。
「幻影を展開」
クラウが呟くと、群れの動きが一瞬鈍る。視覚を狂わされ、敵同士で噛み合う。
そこへヴァンが霊獣から飛び降り、空中から槍を突き立てた。魔狼ごと床を貫き、蒼い血が散る。
「次、30階層!」
溶岩層――40階層直前。ギャロームの進行速度が落ちる。
「高熱域、限界近いわ!」
ミルフィーナの風障壁が波打ち、魔素の灼熱に耐えている。
「冷却展開」
クラウが幻氷を生み出し、通路を瞬時に凍結。ファーリスの補助術と重なり、ギャロームが一気に突破口を開いた。
だが、その先に待ち構えていたのは――灼熱の魔力を纏う火竜だった。
「来やがったな……!」
サイラとサージュが連携し、斬撃の雨で鱗を削る。魔力の尾を引いて突進してきた火竜を、ヴァンの霊獣が受け止める。
「ギャロームが限界だ! ここからは徒歩で行くぞ!」
そしてついに、42階層に到達する。
空気が違う。肌を刺す魔素、重く圧し掛かるような魔力の波。
「……いるわ。戦ってる」
ミルフィーナが囁く。
その先――瓦礫と魔物の中に、堂々と立つ少年の姿があった。
ルイ王子。
その目は冷静で、周囲の魔物を分析しながら、的確にテイムし、使役させていた。支配されたモンスター同士が争い、勝者をさらに取り込む。まさに戦場を一人で回していた。
「ルイ王子ご無事で!」
サイラが駆け寄る。ルイが振り向き、わずかに微笑んだ。
「来てくれて助かった。ここ、ちょっとヤバい階層でね」
「知ってるわ! 時間が経つほど、敵が無限に湧いてくる!」
ファーリスが叫ぶ。
その言葉通り、魔物たちは途切れることなく姿を現す。
「供給源がある。どこかに、圧倒的に魔素が高い“母体”が」
ルイの言葉に、一行の視線が鋭くなる。
捜索の末に、巨大な魔素反応が通路の奥から感知された。
そこにいたのは――神祖マザースライム。
不定形の巨躯、あらゆるモンスターの姿を模写しながら、次々に子体を生み出している。無限増殖、万能変化、模写進化……すべてを備えた階層ボス。
「こいつが“死の軍団”の源か……!」
ルイが術式を展開し、魔力の波を押し込む。だが、その時、スライムから奇妙な波動が返ってきた。
『……餌がほしい。あの……腐った死体ー、美味しそう……』
「……は?」
全員が絶句した中、芦屋キョンシーが静かに一歩前に出る。
「我が存在は式神。死しても日を置かず蘇る。ならば、餌として使える」
彼は自らをスライムに差し出した。
静寂の数秒後――スライムが形を変えた。
それは芦屋に似た青年の姿。銀髪、鋭い瞳、風格と威圧を纏った存在。
「芦屋……?」
「我が名は――芦屋神祖。もはや式神に非ず。テイムにより、ここに固定された“従神”だ」
契約は切れ、だが支配は続く。
神祖マザースライムは沈黙し、“死の軍団”は、核を失い崩壊した。
「……不思議なこともあるもんだ」
ルイがそう呟いた時、迷宮の心臓が、静かに脈を止めた。