第四十一話 「限界の先、手を伸ばす者」 The One Who Reaches Beyond Limits
──深層ダンジョン、霧濃き異界の回廊。
「……はぁ、はぁ……っ」
荒い息を吐きながら、ルイは膝をついた。衣服は焦げ、血と煤で汚れ、額には冷や汗が滲んでいる。ダンジョンの瘴気が肌を刺し、霊力の枯渇が、指先からじわじわと感覚を奪っていく。
「……もう……限界か」
戦いはすでに十戦以上。雑魚の群れに始まり、中級クラスの変異個体、さらには合体式神の調伏戦──次々と休む間もなく襲い来る敵の波に、霊力のリソースはとうに底を突いていた。
「式神たち……もう、戻ってくれ」
ルイがかすれた声で命じると、周囲に展開していた式神たちは次々と霊子に還り、主のもとへと帰還していく。その場には静寂が戻り、ルイ一人だけが、薄暗い回廊にぽつねんと残された。
「……俺、こんなに疲れるなんて思ってなかった」
彼はこれまで、力を“持っている”だけで、戦えてしまっていた。天使の加護、前世の叡智、異世界で得た身体能力、桁違いの霊力量。――だが今、それが尽きた。
「霊力がない。ただそれだけで、こんなにも無力か」
呟いた言葉は、どこか寂しげだった。
(……そういえば、テイム能力。全然、真面目に伸ばしてなかった)
異世界転生の際に神から授かった、チート級の【超高性能テイムスキル】。使っていない訳ではなかったが、式神の召喚・調伏の応用で満足していた。
だが今、式神は使えない。霊力が底を突いた今、唯一残されているのが“テイム”だった。
「……やってみるか。そろそろ、本気で使い方を考えよう」
その瞬間、奥からうねるような音が聞こえた。薄暗がりの中から現れたのは、一体の獣──地竜と呼ばれるクラスの、甲殻を背負った巨大な爬虫類。金属音のような咆哮を上げ、こちらを威嚇している。
(普通なら今の俺じゃ、勝てない。でも……)
ルイは腰に手を伸ばし、ダンジョンアクセサリーを握りしめた。
「これが俺の……“今できる全て”だ!」
魔力ではなく、意志による命令。霊力ではなく、心の奥底からにじみ出る存在力。それがルイの“テイム能力”を起動させた。
――《対象捕捉:大型地竜クラス。魔力検知中……威圧・支配構築開始──》
体の奥が焼けるような感覚と共に、ルイの額に光が走る。天使の紋が浮かび、消える。
「俺は命じる──この場で、俺に仕えろ!」
咆哮が止まり、獣の眼が細まる。圧倒的だった魔力の奔流が揺らぎ、抵抗の意志が沈み込む。
(通った……!)
ズンッと足元が揺れたかのような重圧のあと、地竜は頭を垂れ、ルイの前に跪いた。
「……テイム、成功」
汗まみれの顔に、ようやく微笑が浮かんだ。
「やれるじゃん、俺……」
一人呟きながら、ルイは地竜の背に手を置く。まだ戦いは続く。だが、今の自分には“新しい手札”がある。
(霊力が尽きたなら、今度は“他の力”を使えばいい)
自分自身の可能性を、ようやくルイは本気で掘り起こし始めたのだった。