第三十六話「囁かれる噂と影の報告」 Whispered Rumors and Shadow Reports
エルフ国王都──白銀の樹海に包まれた壮麗な都市。王宮はその中央、天空に届かんばかりの大樹を抱えるように築かれていた。精霊の息吹が満ち、常に微風が流れるこの地に、静かなる影が潜んでいた。
その男の名はコードネーム〈グレイフ〉。ゼノス帝国に仕える上級情報官。黒の外套に身を包み、魔力を遮断する結界符を胸に忍ばせ、彼は“観察者”として潜伏していた。任務はただ一つ──生まれたばかりの《双子のハイエルフ》についての詳細な調査と、必要とあらばその“芽”を摘むことである。
対象は、王族の中でも前例なき存在。360年ぶりに生を受け、しかも二人同時に“純血のハイエルフ”として誕生した王子・ルイとランス。精霊を従え、動物すら膝を折らせる特異な力を持ち、少年ながらにして既に魔法行使において常人の上限を凌駕する存在だと聞いていた。
「ただの噂ではないな……これは、確かに“異常”だ」
グレイフは王宮内の影に溶け込み、日々の訓練や学習の様子を魔術式を通して記録していた。二人の少年は、まるで呼吸をするように魔法を操り、戦術演習では成年の騎士すら戦慄する戦略を編み出す。
とりわけ、ルイが精霊に呼びかけた際の現象は尋常ではなかった。通常のエルフが精霊に呼びかける際は、詠唱や契約の儀式が必要だが、ルイはただ微笑みかけ、優しく語りかけるだけで、精霊たちは舞い踊るように彼の周囲を彩った。
ランスもまた異常だった。冷静な判断力、恐れを知らぬ決断、わずか十二歳の少年が、すでに軍略家の風格すら漂わせていた。武器の扱いも正確無比で、魔力制御の精度は宮廷魔導師すら舌を巻く程である。
そして──双子がダンジョンで見せた実戦能力。初めての攻略にも関わらず、パーティーを巧みに統率し、変異モンスターすら冷静に討伐。彼らの身に宿る力は、確かに“神の恩寵”と呼ぶに相応しいものだった。
数週間の潜伏調査を終えた夜、グレイフは王都の外れ、古代遺跡の地下にある拠点へと戻った。周囲を結界で封じ、魔導盤を起動する。周囲が深い闇に染まる中、彼は報告を送信する。
「……こちらグレイフ。報告する。双子の王子、ルイとランスの力は、我々の想定を遥かに超えている。精霊との交感、魔力の質と量、加えて軍略・指導能力までもが既に成人水準。エルフ国は近い将来、彼らを軸に国家体制を刷新する可能性が高い。放置すれば軍事・外交面でも脅威となる。特にルイの魔力に、“神聖系”と“転生者特有の断片情報”が見受けられる。調査を継続しつつ、接触を図り、能力の封印または利用の手段を探る必要あり。以上──」
通信が終わると同時に、ゼノス帝国・首都《黒翼宮》の作戦室で、宰相〈黒衣の魔導卿〉が静かに報告を受け取った。異形の仮面を付けた男は、椅子にもたれたまま、報告文の中の“神の寵児”という言葉に目を細める。
「……また神か。神の寵愛を受ける者など、一人いれば充分だ。二柱も現れるなど……天に喧嘩を売る気か?」
男は指を鳴らす。次の指令が、影の工作部隊へと伝達される。
「〈第一段階〉を始めよう。接触、挑発、分断、そして……“試練”を与えるのだ」
仄暗い企みの気配が、双子の運命を揺さぶり始めていた──。