第三十話「ハイエルフの双星」 Twin Stars of the High Elves
遥か東の大陸、密林と精霊の加護に守られたエルフ国エルフィリア。その中心にそびえる巨大な樹《世界樹の幼枝(ユグ=リーフ)》に抱かれるようにして存在する王都セリュシア。
その日、エルフの歴史は静かに、だが確実に動いた。
360年ぶりに、新たなハイエルフの誕生が王宮に響き渡った。
しかも――双子。二人ともがハイエルフとして生を受けたのだ。
「……これは、歴史に残る日となるだろう」
円卓の間に集った十二の椅子。そのすべてに座する者は、選ばれし者――“十二柱”。エルフ国において最も高貴にして最も強き存在、すなわちハイエルフのみが座する円卓評議会だ。
その会議においても、今回ばかりはざわめきが止まらなかった。
「生まれた瞬間からハイエルフ……だと? あり得ぬ。我らの種族は、精霊力を高め、レベルを磨き、研鑽と血統の末にようやく“進化”として到達する存在だ。それが……」
「……赤子の状態で既にその領域に到達しているなど。天恵と呼ぶに相応しい。」
「……いや、恐怖だ。我々の原理を崩しかねぬ異端とも言える。」
嫉妬、畏怖、期待――複雑な感情が交錯する中、王族たちの意志が問われた。
「名前は決まっているのか?」
「はい、既に……」
侍女が両手に抱く双子を王の前に差し出す。片方は金の瞳に銀髪を持つ端正な少年、もう片方は青い瞳に白金の髪を持つ清らかな雰囲気を纏っていた。
「長男、ルイ・エル=セリュシア」
「次男、ランス・エル=セリュシア」
侍女の声に、場が静まり返る。
――彼らこそが、かつて人の世で死した勇士たち。
堕天の陰陽師・**安倍流威**と、聖騎士・**ランスロット(ランス)**であることを、この時誰も知る由もなかった。
*
王族は血統によって“進化適性”を持ち、レベルを上げ、試練を乗り越えてハイエルフへと進化する。しかし“生まれつきハイエルフ”など、史上でも前例がほとんどない。8000人のエルフ国家において、ハイエルフはたった12人。その希少性と神聖性から、ハイエルフは国家そのものの象徴であり、王位継承の絶対条件でもあった。
そして、今――赤子にしてその条件を満たしてしまった双子が現れた。
彼らはまだ言葉も話さず、歩くこともできない。
しかし、その瞳の奥には、遥かなる過去と未来を見通すような静かな光が宿っていた。
(……流威、お前の計画通りだな。いや、今はルイか)
(……ああ、ランス。第二の生……今度こそ、徹底的に楽しませてもらうさ)
精霊の歌が空を舞い、ユグ=リーフの枝葉が静かに揺れる。
新たな英雄譚の、始まりだった――。