第二話「天より生まれしもの」 Born of the Heavens
その子は、天より来たりて地に生まれた。
神気をまとう赤子が産声を上げた瞬間、世界は静かに、しかし確かに揺らぎ始める。
これは、後に“神術の申し子”と呼ばれる少年・安倍流威の、あまりにも規格外な誕生と幼き奇跡の記録である。
常識を超えた“始まり”を、どうぞご覧あれ。
それは、嵐の夜だった。
数百年に一度の流星の夜から十月十日。澄蓮の腹は月を孕んだように膨らみ、ついにその時を迎えた。
だが――
「……脈が弱い……! 子も母も、このままでは……!」
助産の巫女たちが血相を変え、晴明も額に汗を浮かべていた。
神気が濃すぎる。
胎内に宿る“それ”は、あまりにも神聖すぎて、母の命を蝕んでいた。
「まだだ……耐えろ、澄蓮……!」
その瞬間だった。
産声。
天地を揺るがすかのような、清らかで力強い声が夜空に響いた。
そして次の瞬間――眩い光が産室を包み込んだ。
巫女たちが目を細める中、晴明は確かに見た。
産まれたばかりの赤子が、微かに手を動かし、その掌から聖なる気があふれ出すのを。
「な……神術……!?」
光が澄蓮の全身を包み、苦しみに染まっていた顔が安らぎに変わる。
瞬く間に肌は生気を取り戻し、皺は消え、髪には艶が戻った。いや、それどころか――
「……これは……五、いや、六歳は若返っている……!?」
若返った澄蓮は目を開き、赤子を抱き寄せる。
その瞬間、どこからともなく風が吹き、鳥が鳴き、狐や鹿までもが屋敷の外に姿を現す。
「天子……いえ、これは、星の神子――」
安倍晴明が静かに言った。
「名を授けよう。
天より流れ、威を成す。
汝の名は――安倍 流威」
その夜、屋敷中の式神たちが一斉に膝を折ったという。
霊獣・白虎は天を仰ぎ、式狐は三日月を見上げて舞い踊った。
● 生後3日目:式神を無詠唱召喚
産衣の中で手をふわりと動かすと、晴明が封じたはずの“百目鬼”が出現。
だが赤子の流威はそれにただ微笑んだだけで、百目鬼は瞬時に正座して動かなくなった。
布団の端に正座したまま、三日三晩「御子守」として居座ったという。
晴明:「……封印を破ったのではない。“招いた”のだ……?」
● 生後7日目:夜に星を動かす
夜、流威が眠る枕元に、突如として星が一つだけ落ちたように輝いた。
天文台の陰陽師たちはその現象を「星の転位」と呼び、空の星図を書き換える騒ぎとなる。
晴明が確かめに駆けつけると、流威の手の中には銀白の小さな星屑があった。
● 生後1ヶ月:動物が集まりすぎて庭が動物園に
狐、猫、鶴、果てはどこからか熊まで現れ、安倍邸の周囲が“神域”と化す。
晴明が結界を張るまで、流威の部屋の窓には常に誰かしらの動物が見張り番をしていた。
鹿が廊下を歩き、猿が障子を開け、白蛇が赤子に巻きついて昼寝していたという。
● 生後2ヶ月:夢で神託を渡す
ある夜、晴明は奇妙な夢を見る。
星々が螺旋を描き、流威がその中心で「来タル月蝕、門ハ開ク」と告げる。
目覚めた晴明はその言葉を記録し、三ヶ月後に現実の天体異常を的中させた。
晴明:「……この子が見ているのは“未来”か……それとも“宇宙”そのものか……?」
● 生後3ヶ月:陰陽五行の式盤を修正
晴明が使用していた陰陽五行の式盤(儀式に用いる道具)を眺めたかと思うと、
指を1本伸ばしてひとつの石をずらす。
その直後、式盤の力が増幅され、式神召喚の精度が倍増。晴明は三度見した。
● 生後4ヶ月:笑っただけで雨雲が晴れる
雨天が続き、農作が不安視されていたある日。
晴明が抱いて庭に出た流威が、空に向かってにこりと笑う。
その瞬間、雷鳴が鳴り止み、雲が裂け、陽光が差した。
それを見た農民たちは流威を「田の御子」と呼び、畑に祠を建てたという。
● 生後6ヶ月:星の言葉を語る
言葉を覚える前に、夜空を指差し、「コノ星、泣イテル」とぽつり。
翌日、流星群が観測され、遠方の国で異変が起きたとの報せが届く。
その後、天文陰陽寮では「御子の指差し先に災異あり」と記録が残る。
● 生後9ヶ月:悪霊の自壊
京の外れに現れた瘴気の主、千年怨霊“赤袴の尼”が都へ向かおうとした夜。
流威が眠りながら手を一振りしただけで、尼の存在は霧散。瘴気は瞬時に晴れた。
翌朝、その地には赤子の手形が焼き付いた岩が残っていたという。
● 1歳の誕生日:結界を無詠唱で張る
誕生日に訪れた神職たちが流威の神性を試そうと結界封印を施す。
だが流威はにこにこと笑いながら、手を一振り。
術者たちの結界が逆に反射され、自分たちが封印された。
晴明はそれを見て、ただ一言。
「……恐ろしい子だ……いや、これは――“神術”そのもの」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
本作は、「もし安倍晴明の血を引く少年が天使の生まれ変わりだったら?」という厨二妄想から始まりました。
神話、陰陽術、異世界、神界バトル、猫又、百鬼夜行、そして式神と、筆者の“好き”をこれでもかと詰め込みつつ、物語を展開しています。
安倍流威の物語はまだ始まったばかり。
京都編は一つの区切りにすぎず、ここから先――神界の思惑、冥府の陰謀、そして「失われた記憶」が鍵を握る新たな戦いへと突入します。
また、式神たちにもスポットを当て、各々の過去や戦闘スタイル、進化の可能性も描いていきます。