第二十六話「冥界の眼差し」 The Gaze of the Underworld
それは冥府の底、魂の終着点たる黒の王座。
地上で蠢く大量の死の気配に、冥界の支配者――ハデスは静かに瞳を開いた。
「……秩序が乱れている」
神ですら容易に接触できぬ死の領域で、一人の影がその声に応じた。
それは死神の一人――ハデスに絶対の忠誠を誓い、主の命のみを遂行する刃。
「我が王。ご命令を……」
その死神は、ずっと忘れていなかった。かつて冥府に干渉し、ハデスの腕を切り裂いた堕天の叛徒――ルシルフル。
あの罪を、冥府は許していない。魂が輪廻しようとも、因果は消えぬ。
そして今、寿命に反した死が地上で積み上がる異常事態の中心に――その名があった。
「安倍流威……貴様が、奴の転生体か」
冥府の眼が、流威に向けられた瞬間、空気が変わった。
生者の世界に死の波動が染み渡り、見えざる獣が狩りの時を告げるように牙を研ぐ。
死神が一度“目をつけた”者が、生きて帰ることはない。
それは摂理であり、逃れられぬ宿命。
しかしその男――安倍流威は、定めすら式神の力で捻じ伏せる異端の存在だった。
死神は地上に降りる。
一つの過去を償わせるために――
そして、冥府の秩序を正すために。




