第二十一話「天より来たりし剣」 The Sword That Came From Heaven
天界には明確な秩序がある。
熾天使、智天使、座天使――その上位階級が形づくる大いなる意志に従い、天使たちは神の御心を地に伝える者として在る。
だが、すべての天使が同じ理念で動くわけではない。
その中には、かつてルシルフルという名の熾天使を中心に形成された「調和派」と呼ばれる緩やかな思想共同体があった。調和派は、神の意志と人間の自由の狭間で揺れながらも、可能な限り人間たちの生存と進歩に干渉しない道を選び続けていた。
――そして、その筆頭補佐が、大天使ガブリエルだった。
ルシルフルが堕天し、「調和派」は事実上解体された。
それでも、ガブリエルは彼を“見捨てる”ことを選ばなかった。
「たとえ、彼が地に堕ちても……私は、空から彼を見守ろう」
そう誓った彼は、天使の本分を忘れぬまま、ルシルフル――今は「安倍流威」として転生した者の歩みを、静かに観測していた。
通常、中級以下の悪魔が地上に現れた程度では、ガブリエルのような上位天使が三次元に干渉することはない。
しかし――今回の敵は違った。
降臨したのは、七大悪魔の一柱、アスモデウス。
欲望と破壊の象徴にして、堕天使の血を引く存在。
「……ならば、我も天の法を破る覚悟で、彼に手を差し伸べよう」
ガブリエルは決断した。かつての同胞を、ただ見守るだけでなく、共に戦う者として選ぶことを。
* * *
一方、地上では死闘が続いていた。
ランスロットの放った「グランドクロス」はアスモデウスの右腕を焼き尽くしたが、それでも彼の戦闘能力はまるで衰えない。
むしろ、それが“解放の契機”となってしまった。
「――では、我も本気を出すとしようか」
アスモデウスの背から、黒紫色の光翼が生えた。大気が震え、遠くの山が崩れ、京都の結界が軋む音を立てる。
「もう、持たんぞこれは……!」
晴明が式神の全解放を準備しようとした、その瞬間。
天が割れた。
雷ではない。彗星でもない。
純白の閃光が、雲を斬り裂き、聖音とともに地に降り注ぐ。
――それは、神の名の下に振るわれる、制裁の剣。
「彼を助けに来た――いや、“君を助けに来た”、と言うべきかな、ルシルフル」
声が響いた。
そこに立っていたのは、純白の甲冑を纏い、六枚の翼を携えた男。
その顔は穏やかで、だがその瞳は戦場のすべてを見透かしていた。
「……ガブリエル」
流威――ルシルフルの記憶の底に刻まれたその名を、彼は呟いた。
「アスモデウス。お前の存在は、もはや神の沈黙を許さぬ段階に至った」
そう言い放つと同時に、ガブリエルの背から無数の光剣が降り注いだ。
アスモデウスはそれを迎撃しようとするが、空間ごと断ち切られるような光の奔流に、一歩、後退した。
「天使が干渉した……!?この地上に……!?は、ははっ!ならばますます楽しめるじゃないか……!」
アスモデウスの笑いが響く。
天と地。神と魔。
その秩序が交差する、最終局面が幕を開けた――。