第二十話「魔を祓う者たち」 Those Who Banish Evil
かつて、異国の宣教師たちは日本に福音とともに「悪魔祓い」の術式を持ち込んだ。伴天連と呼ばれた彼らの知識は、幕府の鎖国政策により一度は途絶えるかに見えた。しかし、その血脈は細々と受け継がれ、密かに研究と実戦を重ねてきた。
そして現代。日本にも、カトリックやプロテスタントとは異なる独自の「対悪魔術体系」を構築した者がいる。彼の名は比良坂 剣誓。政府非公開の対魔研究部門に所属する男であり、かつて神父であった過去を持つ異端の祓魔師である。
彼は今回の一連の騒動――京都における霊的地盤の揺らぎ、ゾンビパウダーの拡散、切り裂きジャッキーの遺物、そして「アスモデウス召喚の予兆」――それらすべてを察知していた。剣誓は先手を打つため、独自に構築した悪魔対策術陣を京都一帯に張り巡らせていた。
さらに、中国の老仙人**大白老**に極秘で救援を要請。日本に足を踏み入れた伝説級の退魔師と共に、地獄の門が開かれる前に対処しようとしていたのだった。
だが、時すでに遅かった。
禁忌の古書と、邪悪の象徴たる「切り裂きジャッキーのメス」が共鳴し、教団の巫女を依り代として降臨したのは、邪教が望んだ小悪魔などではない。
現れたのは、七大悪魔のひとり――大淫魔アスモデウス。
「……な、なんだ……この“濃度”は……」
崩れ落ちた建造物の上からアスモデウスの姿を見下ろした芦屋が、冷や汗を流す。死者である彼に本来は汗など出るはずがない。しかし、魂すら震えるほどの悪意に、本能が死を超えて反応していた。
空間が歪む。視界が震える。重圧が全方位から押し寄せ、空すら嘆くように曇る。
「……間に合わないかもしれんな」
レンレンが唇を噛み、念話で師である大白老に最終救援要請を送った。
一方、プロテスタントの聖騎士ランスロットは静かに大剣を構える。その刃には、自らの生命力の九割を注ぎ込んだ神罰の秘儀・グランドクロスが秘められていた。
「一撃で終わらせる。さもなくば、我が命も持たぬ――!」
だが、彼に先んじたのは流威だった。
「全式神、突撃開始ッ!」
流威の声が響いた瞬間、周囲に展開していた数十体の式神たちが四方から突撃する。すでに霊力の再契約限界を超えているはずの召喚数。それを実現できるのは、流威の桁外れの霊力量と構築術式の最適化あってこそだった。
百目が砲塔のように眼を旋回させ、レーザーを発射。三尾が火狐のごとく宙を舞い、爆炎を撒き散らす。阿吽は左右から分裂し、猛虎のように襲い掛かる。
だが、アスモデウスは微動だにしない。
眼前まで迫った式神たちが、一瞬で灰に変わる。
空間ごと削り取るような見えない衝撃。次元を捻じ曲げる圧倒的力に、どの式神も瞬殺された。
「……やはり次元が違うな」
晴明は息を呑む。だが、彼もまた諦めてはいなかった。術符を構築し、刻む。
「一切万象、天網恢恢、必ず我が法に落ちるべし――!」
晴明が放ったのは、自身の命を代償とする神殺しの術式構成。だがそれを放つ前に――
「ストップだ、晴明!」
流威が間に割って入った。彼の目は、何かを見据えていた。ある“可能性”を信じて。
「まだ、打つ手はある。お前が死ぬのは――最後の最後だ」
その瞬間、天より光柱が走る。
ランスロットのグランドクロスがついに発動したのだ。
神の名の下に振り下ろされた斬撃が、アスモデウスの右腕を削ぎ落とす。
「……面白い。殺せるかもな」
流威は静かに笑った。
そして、全ての戦力が一つに集結する。
人類と神魔の境界線、その最前線で。