第十九話「顕現する悪魔、アスモデウス」 Episode 19: The Manifestation of the Demon, Asmodeus
暗き夜の京都に、不穏なる鐘の音が響いた。それは遠く異国の教会が打ち鳴らすものではなく、霊界より届いた忌まわしき波動の警鐘だった。カトリックの祓魔師・ニコライ神父と、プロテスタント騎士団の精鋭・ランスロット。二人の異端なる使徒は、破壊された四条通の中央に立ち、互いに武器を構えながらにらみ合っていた。
「貴様の背後には血塗られた聖餐が見える。異端は貴様だ、ニコライ」
「お前こそ、神の御名を盾にする偽善の剣。偽りの信仰に殉じる者よ……黙して裁かれろ」
ランスロットの銀剣が煌めき、ニコライの懐から取り出された黒銀の十字架が、血のような赤光を帯びる。刹那、二人の間に火花が散り、空気が一瞬で震えた。
瞬間的な斬撃と祓魔呪文の応酬が繰り広げられる中、周囲を埋め尽くすゾンビたちもまた容赦なく二人に襲いかかる。
「チッ、うっとうしいな」
ランスロットは構え直し、聖遺物を地面に叩きつける。衝撃波が広がり、十数体のゾンビが霊力に焼かれて蒸発した。
「そんな遊びで対処できるなら、神は天使を創らなかった」
ニコライは呪詛のラテン語を唱え、黒き祓魔の火を放つ。ゾンビの群れが軒並み燃え上がり、消し炭となって崩れ落ちた。
だが、彼らが気づくよりも早く、別の異変が静かに進行していた。
安倍流威は、戦局の把握と同時に、自身の式神群を四方八方に展開していた。四尾の子狐、百目、猫又、芦屋キョンシー、酒呑、茨木……。それぞれが京都の各地区で暴れるゾンビの殲滅と情報収集を進めていた。
そんな中、三条の地下遺跡跡地にて、式神の一体が異常な霊力の収束を報告する。現地には、ゾンビの中心地に潜んでいた異教組織の残党が集っていた。彼らが密かに準備していたのは、霊力を込めた禁断の古書と、ニコライの所持する《切り裂きジャッキー》の遺物……狂気のナイフ。
「神の血に逆らいし者よ、血肉を捧げよ」
呪文が完成した瞬間、共鳴が起こった。
――ズゥウウウゥン……
空気がねじれる。重力が軋み、地面が裂ける。暗黒の魔方陣が地の底から浮かび上がり、そこに浮かび上がったのは、四枚の黒翼と無数の蛇尾、そして燃え盛る三つの眼を持つ存在。地獄の七柱にして淫欲と腐敗を司る悪魔――アスモデウス。
「フハハハハ……これは予定外の祭壇だ。だが、受肉に相応しい器よ……感謝してやろう」
異教の首領に乗り移る形で、アスモデウスは現世にその一端を垣間見せた。瞬間、周囲のゾンビが次々と焼け焦げ、瘴気へと変貌していく。わずかな霊力を持つ者なら、存在を認識しただけで魂が焼かれる。圧倒的な魔の気配が、京都を包んだ。
その異様な気配に、戦闘中のニコライがふと空を見上げる。
「……これは、予定にない。あの悪魔の名は……まさか、アスモデウス……?」
「やはり貴様のせいか!」
ランスロットが怒鳴るが、ニコライは静かに十字を切り、言った。
「貴様も、あの魔の存在を無視できまい。我らの信仰の差異など、地獄にとっては些末なことよ」
互いに刃を納め、二人は一時的な共闘を選ぶ。そして、向かう先はただ一つ――悪魔が降臨した激戦地、三条地下。
「この地に、神の御名と剣を――」
「……この魂を賭けて、祓魔の誓約を果たそう」
空を切り裂いて、漆黒の大悪魔が笑っていた。