第十七話 「黄泉還りの呪法――ゾンビパウダーと異教の神」 The Curse of Returning from Yomi — Zombie Powder and the Pagan God
それは突如として訪れた。安倍家の東に位置する芦屋家本邸。その空に黒き霧が覆い、赤黒い雷鳴が天を裂いた。
「これは……結界が破られた?」
安倍流威が霊視によって異常を察知したのは、その異変からわずか数分後だった。
禍々しい霊力の波が京都全体にまで伝播し、結界師たちの符が焼き切れ、霊獣たちは怯えて鳴いた。
その正体は、かつて異端として歴史の裏側に追いやられた異教の秘術。
それは死者の魂を強制的に封じ、死体に再定着させる禁呪。その者の意思を奪い、肉体だけを殺戮兵器として蘇らせる。
霊力を持つ者ほど呪術耐性が低く、芦屋家の陰陽師たちは逆に術の媒介とされ、次々と同胞を喰らいながらゾンビと化していった。
黒衣の異教徒が、壊滅した芦屋家の正門前で笑っていた。
「霊なる力よ、血となり肉となりて……我らが神の祭壇とならん」
まるで儀式のように、その場に積み重なった肉と骨を媒介にして、新たな呪術が展開される。魂を喰らい、呪力を積み重ねていく邪なる術式。
その中心に、半ばゾンビと化した芦屋玄道が立ち尽くしていた。
目は虚ろで、血の涙を流しながらも、その指は確実に印を結び、死者の術を起動しようとしていた。
「玄道様……!」
駆けつけた流威が見たのは、焼け落ちた屋敷と、かつての盟友が人ではない何かへと堕ちていく姿だった。
その瞬間、三尾の子狐――かつて九尾から救い出された霊獣が、流威の肩に跳び乗った。
「……まだ、間に合う!」
四本目の尾が光を放ち、霊獣が空に舞う。流威は札を数十枚取り出し、空中に巨大な封印陣を描いた。
霊力を込めた術式が、芦屋玄道の魂に届く。だがそれは通常の封印ではない。
「魂の浄化……そして、霊式再構築……《蘇煌魂結・符神転生》!」
光の柱が芦屋玄道を包み、その肉体は崩れ落ち、魂だけが残された。
流威はその魂に、自らの霊力とレンレンのキョンシー術式を組み合わせた“霊符”を焼きつける。
呪術と陰陽術の融合、異端と王道の邂逅。
「……戻ったのか、俺は……? いや、今の俺は……式神か?」
目を覚ました芦屋玄道は、己の腕を見て呟く。皮膚は死人のように蒼白で、だが魂だけは光を宿していた。
「そうだ。でも、君はまだ戦える。これからは、僕の式神として共に戦おう」
流威はそう言って、再び札を掲げる。キョンシーと化した芦屋は、静かに頷いた。
「……ゾンビよりは、ずっとマシだな」
異教の使徒たちは敗走した。だが、これはほんの序章に過ぎなかった。
世界中で“物怪を神と崇める”教団が活動を活発化させていた。今回の襲撃は、その一端に過ぎず、陰陽道にとっての“新たな時代”の始まりだった。
安倍家。安倍流威。その霊力と技術は、今や神をも討てる領域に至りつつある。
その力に魅せられ、また恐れ、世界中の異教と秘密結社、霊的機関までもが、静かに動き出す。
彼にとっての“真の戦い”は、まだ幕を開けたばかりだった。