第百六十八話「地獄の門は開かれた」Gate to Hell Unleashed
翠風の迷宮――第四十四階層。
ついに“無限湧き”が本格的に始動した。
次から次へと、魔力を帯びたモンスターと精霊たちが湧き出す。
それを迎え撃つは、わずかに残された者たち――アシュラとナナシのふたり。
地獄の底が開く前に、できるだけ戦力を揃えなければならない。
アシュラは最初に湧いたモンスターの群れを見据え、ニヤリと笑った。
「ほぉ……お前ら、ええ面しとるやないか。悪ぃが――ウチの兵隊になってもらうで」
低く、だが威圧感のこもった声で命じるように言い放つと、
彼の体から放たれる魔力と威圧が、モンスターたちの心核を一瞬でねじ伏せた。
叫ぶことも、抵抗することもできず、
牙をむいていたはずの魔物たちは、次第にその動きを止め、アシュラの周囲へと集まる。
「下に……ヤバいのが来る。共通の敵や、なぁ?」
アシュラの言葉が響くと、まるで理解したように、モンスターたちは咆哮を上げた。
怒りの矛先は――地下に控える“神界の軍勢”へと向けられた。
そのとき、ダンジョン全体に霊気の奔流が走った。
湧き出す精霊たちが、周囲の魔力を巻き込みながら変化を始める。
最初はただの光の塊。だが、次第に同族の精霊同士で融合し、
ヒューマノイドのような知的な“精霊の戦士”たちへと姿を変えていく。
まるでダンジョンそのものが、意思を持ったかのように――。
その中央、巨大な風の精霊体が姿を現した。
その声はどこか誇り高く、響き渡るように言葉を紡ぐ。
「本来なら我らは、ここに挑む者を試す“守護”の存在。だが――」
風が唸る。
「今は非常時。我らが導き、下の“無礼者”どもに……ダンジョンの作法を叩き込んでやろう」
その言葉と同時に、精霊の戦士たちは列をなして動き出す。
無限に湧く仲間たちと共に、\*\*階層を下る“逆侵攻”\*\*を始めたのだ。
「……ふん、話が早うて助かるわ」
アシュラは腕を組んだまま呟く。
これで、“下”からの襲撃に対する盾が一枚できた。
ただの足止めに過ぎないかもしれないが、それでも生存率は確実に上がった。
その横では、ナナシが静かに動いていた。
「……ふー、ん……来い」
ナナシが手を掲げると、火の精霊たち――
特に**サラマンダー系のトカゲ型精霊**たちが彼の周囲に集まってくる。
その相性は抜群だった。
肉体派の彼と、火と爪を備えた精霊獣たちは、まるで旧知のように融合していく。
「……あぁ……熱ぃな。悪くねぇ」
ナナシの肉体がうっすらと赤く輝き、爪先には火の刻印が浮かび上がった。
霊力との融合によって、彼の戦闘能力は一段階――いや二段階ほど跳ね上がっている。
「よし……後は……出たとこ、勝負だな」
そのとき、階段下から**重く、湿った気配**が迫ってくる。
地面が震え、空気が唸る。
次の瞬間――。
「グゥオオオォォオオン!!!」
階段を蹴破るようにして、\*\*三頭の“地獄の門番”\*\*が姿を現した。
巨大な角を持つ獣、岩のような筋肉を持つ猿、鎖に繋がれた多頭の犬。
いずれも、冥界の入口を守る古の怪物たちだ。
だが、すでに体には傷が刻まれていた。
「……へぇ、無限湧きの精霊ども……傷くらいはつけたんか」
アシュラは目を細める。
確かに深手ではない。だが――“効いてはいる”。
「ちぃとだけ希望見えたな。……やるぞ、ナナシ」
ナナシは短くうなずく。
「……あぁ……こっから、だ」
そして――
**戦闘が始まる。**
アシュラの拳が、ナナシの爪が、精霊の軍勢と共に“地獄の番犬”に突き立てられる。
これはもう、“迎撃”ではない。
これは――反撃の狼煙。
地獄の門は、開かれた。
だがその門を越えさせるかどうかは、彼ら次第だ。




