第百六十四話「異能の激突」Clash of Powers
翠風の迷宮、第四十四階層――
レイドボスを討伐した後に残された広大な石造りの広場。
今や静寂に包まれたその場所に、異様な気配が充満していた。
中央に立つのは四人。
それぞれが一個の異能を体現し、ただそこに立つだけで周囲の魔力がよじれる。
空気は重く、深層ならではの魔力の濃度すら彼らに呼応してざわついていた。
アーサーが聖剣を肩に担ぐ。
抜けば、あらゆる命を代償に己を癒す、吸血の聖剣――《グラディウス・サンクティ》が脈打つ。
騎士の本懐を宿した眼差しが、正面に立つランスへと注がれる。
ランスの背後には七枚の天使の輪。
円環が光の羽衣のように彼を包み、銀色の腕が静かに魔力を転写していた。
その身に宿した精霊との融合の力が、次なる天界の段階へと彼を押し上げつつある。
その隣、アシュラが六本の腕を静かに下げる。
修羅双剣《獄炎羅刹》はまだ抜かれていないが、空気の焼けるような臭いが既に周囲を漂わせている。
血と怒りの化身と化した彼は、今や神を超える気配をまとう。
そしてナナシ。
構えもせず、ただ気配を抑えるだけ。
しかしその一歩一歩に大地が鳴き、喧嘩仕込みの脚と拳がまるで野獣のように殺気を孕んでいた。
誰が言い出したわけでもない。
ただ、全員が分かっていた――今こそ試すとき。
異能と力を、己の成長を、仲間と共にぶつける時だ。
「準備はいいな?」
ランスの声に、三人はそれぞれ微かに頷く。
次の瞬間、空間が震えた。
誰が先に動いたかなど、もはや意味を持たない。
四つの力が、ほぼ同時に解き放たれたのだ。
――天使の輪が七重の刃となって空を裂く。
――聖剣の斬撃が血を呼び、地を抉る。
――修羅の六腕が、火と魂を刃に乗せて空を薙ぐ。
――喧嘩拳が岩を砕き、音速の連撃が全方位を蹂躙する。
ダンジョンの壁が悲鳴を上げるように軋み、空間が歪む。
これは模擬戦ではない。
本気の乱闘だ。
全員が手を抜かず、殺さず、だが本気で殴る――それが彼らの信頼であり、絆の証。
広場はすでに戦場と化し、火花と閃光と、地響きと闘気が交差していた。
――まだ、戦闘は始まったばかり。




