表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の余興により堕とされた異端の翼、その者、異界にて覚醒し神すら恐れる陰陽術を操る  作者: アマ研
第六章 四国同盟、闇洞突破戦 — Shikoku Alliance: Dark Hollow Breakthrough
170/177

第百六十三話「裁きの六腕」Sixfold Judgment

 ……静寂が広がっていた。


 眼を開かずともわかる。空間そのものが、己の呼吸に応じて震えている。

 皮膚を撫でる空気は薄く、まるでこの世の法則すら一枚向こうへ退いていくかのようだった。


(変わったな……いや、変わっちまったのか)


 アシュラは、深く息を吸い込んだ。

 肺に流れ込む気は、もはや酸素ではない。

 それは、異能と異端と異質の混濁。神にも似た存在が吸う“位階の空気”。


 肉体の中心――魔核の位置に何かが根を張っていた。

 それは、六つの“異なる核”のようでありながら、確かに一つの存在にまとまっている。


(喰った魔石の中身……全部、俺の一部になっちまった)


 記憶の奥底で、かすかに燃える光景がある。

 獣のような魔物、異形の腕、凍てついた刃、黒炎の呪……

 かつてなら見ただけで胃が軋んだであろう異能の塊どもが、いまや血肉と同じ温度で己の中にある。


 ――装備、展開。


 意識を向けるだけで、身体が応える。

 肉体から音もなく六本の腕が滑るように現れた。まるで最初からそこにあったかのように自然で、滑らかだった。


 二本の腕が「獄炎羅刹」を握り、二本が「輪廻の契り」を纏い、

 残る二本には「無常ノ装」の断片と「六道念珠」が脈動するように光を放つ。

 鬼面「業炎の咆哮」は肩口に浮かび、薄く笑っているようですらあった。


 ただの装備ではない。

 それぞれが“生きている”。意思を持ち、相互に干渉し、六つの法則を形にしていた。

 それはまるで――ひとつの“六道そのもの”がこの身に宿っているかのよう。


(こりゃもう……神すら、通過点だな)


 万能感。

 そんな言葉では到底言い表せない。

 重力に従わない軽さ、時間の流れが撓むような感覚、

 存在するだけで空間を圧迫する圧倒的な“格”。


 歩くだけで足元が軋み、視線を向けただけで壁がひび割れる。

 異能の暴走ではない。これは“器”の力だ。

 この六道アシュラの肉体そのものが、既に“現世の器”としての限界を超えている。


(……ルイ)


 ふと、ひとつの名が胸に浮かんだ。


 ルイ――主。

 かつての主ではない。いまも、そしてこれからも、自分を導く者。


 自分はあの男の“式神”である。

 そう造られたのではない。そう在りたいと、心から望んだ。


 神に届いたこの身の底で、未だに脈打つのは、ただ一つ。

「主のために強くあれ」という、獣よりも古い“式神の本能”。


(この姿を見たら、ルイは……笑ってくれるか?)


 人間離れした少年の、まっすぐな目が浮かんだ。

 弱きを庇い、強きに立ち向かい、敵でさえ救おうとする愚直な“化け物”。

 アシュラは心の奥で、その姿に何度も救われてきた。


 力を得たのは、復讐のためでも、自己満足のためでもない。

 “主の役に立ちたい”。ただそれだけだった。


(……俺も、役に立てるよな?)


 いまの自分は、ただの式神じゃない。

 魔物でも、人間でも、神でもない。

「六道そのもの」を体現した、唯一の戦鬼。


 あの少年が地平の果てに立つ時、最前線を切り開く矛となる存在。

 この手は、もはや誰にも止められない。


(……使いこなすだけだ)


 その先は戦場だ。

 この六本の腕に宿る力は、まだすべてを見せてはいない。

 獄炎の刃、輪廻の防御、怨念の鎧、咆哮の角、念珠の術式、鬼面の支配力――


 それらをすべて、“己”として制御する。


(……ルイ。俺はもう、準備できてるぜ)


 アシュラは静かに立ち上がった。

 六本の腕が音もなく展開し、身体の周囲に流れる空気が震える。

 歩くたびに地に刻まれる印――それはまるで、六道を導く印章のようだった。


 その背に、地獄が笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ