第十六話「封印の代償――忍び寄る影」 The Price of the Seal — Approaching Shadows
殺生石に囚われた九尾の霊核が沈黙すると同時に、世界に広がる見えざる霊的回廊が、まるで風切るように震えた。
それは、ただの封印ではない。完全封印。式の根本構造を捩じ曲げ、対象の存在意義すら“無”へ還す、極点の術式。
それを、少年がやってのけた――安倍流威という存在が。
「……やっちまったな、流威」
芦屋が苦笑交じりに呟く。
「これは、陰陽寮の上層部も黙ってられねぇぞ」
「いや、それどころじゃない」
晴明が眉間に皺を寄せる。
「“封印”の気配は、結界外にも漏れている。海外の霊能組織、邪教連、呪詛術結社、旧魔導家系……そのすべてに、届いたかもしれん」
世界は広い。
人知れず存在する「異端」が無数にある。
魔を崇め、封印術を欲し、神を否定しながら力を追い求める者たち。
その連中が、いま一斉に――
『安倍流威』という異端の名を、記録に刻んだ。
ある者は嘆息し、
「完全封印が可能な血統……探していたぞ」と呟き。
ある組織は静かに、
「日本列島に動くべき時が来た」と囁く。
ある神殿では、仮面の預言者が、
「九尾の魂を継ぐ者が目覚めた」と、凶兆を口にした。
夜が深まる。
霊の奔流がざわつき、空気がざらついてくる。
誰もが気づいている。
“九尾”を終わらせたのではなく、“何か”を始めてしまったのだ。
流威の背後で、小さな三尾の子狐が鳴いた。
その瞳の奥に、まだ言葉にならない“警告”が宿っていた――。