第百六十ニ話「喰らう進化」Eater's Evolution
四十四階層
討伐を終えた石造の広間に、しばしの静寂が戻っていた。
床に転がるのは、レイドBOSSの残骸。焼け焦げた魔皮と砕けた鱗の合間から、まばゆい魔石がいくつも転がり出ている。
「戦利品の確認、終えとこうか」
ランスが言い、全員で再点検する。
集められたアイテムは広げてみると、壮観だった。これまでの層で手に入れた魔石、素材、刻印具、そして装飾品の数々。それらが静かに魔力を放ちながら整然と並ぶ。
「――これか」
アシュラの視線が止まったのは、一際大きく、脈打つように輝く紫紺の魔石だった。まるで心臓のように、ゆっくりと鼓動している。
「……身体が欲してやがる。なぁ、ランス。これ喰っていいか?」
その声は低く、どこか切迫していた。ランスはわずかに眉をひそめたが、すぐに頷く。
「構わない。お前の感覚が正しいなら、やってみる価値はある」
それだけ言って、ランスは自分の前に集められた魔石へ手を伸ばす。
指先に魔力を込めると、銀色の腕が淡く輝き出した。次の瞬間、彼の精霊魔法が静かに発動する。
魔石が一つ、また一つと淡い光に包まれ、吸い込まれるように銀腕に溶けていった。まるで、腕そのものが精霊の炉であるかのように。
ランスは表情ひとつ変えず、すべてを取り込んだ。
「残った分はこれで処理完了、っと」
一方その頃――。
ナナシは黙々と素材の山を漁っていた。モンスターの角、骨、そして焼けた肉。
彼は小動物のようにそれらを齧り、喉を鳴らして飲み込んでいく。器用に尻尾で角を掴み、ぱくりと丸呑みする様子は、どこか獣のようで、どこか人間臭い。
「ふふ、これも美味しそう……♪」
笑ったナナシの気配が、一瞬だけ濃くなる。まるで、少しだけ強くなったことを身体で知らせるように。
そして、アシュラ。
彼の身体に、異変が起き始めていた。
全身が微かに発光し、肌の色が徐々に深い青黒へと変化する。
浮かび上がった紋様は、まるで六道の輪を刻むような精緻な線で、静かに光を放っていた。
白髪は揺れ、血色を帯びて紅に染まり始める。
「……ああ。来やがった、これは……」
アシュラの息が荒くなる。手が震え、足元に魔力が走った。
その瞬間、彼の気配が――変わった。
「種族が……変わったのか?」
ランスがわずかに目を細めて呟く。
ただの進化ではない。今のアシュラから放たれているのは、神に近い“階層”の圧力。
重く、鋭く、そして――どこか悲哀を帯びた力。
「……神の位階に至ったってわけか」
誰もが静かに息を飲んだ。
これから彼が歩むのは、ただの修羅道ではない。
“六道”そのものを象徴し、裁く存在へと――アシュラは進化したのだった。




