第百四十四話「神格進化 — Divine Ascension」
辺りは一瞬の静寂に包まれた。
あの死を告げる笛の音が、心の片隅に残っている。
沈黙の中、ハーメルンは手にした笛を見つめていた。
敵意は消え、代わりに戸惑いと自分の力への畏怖が表情を覆う。
そこにルイが静かに近づく。
その声は冷静で、しかし確かな覚悟を秘めていた。
「ハーメルン、君の笛はただの武器ではない。
それはこの世界の理を操る“器”だ。
まだ未完成だが、空間を支配し、音で場を変える力を秘めている」
ハーメルンは無言のまま、笛を握る手に力を込める。
その時、ポンタがふらりと立ち上がり、鼻を鳴らした。
「生き返ったけど、死ぬかと思ったよ」
その軽い口調に場は和んだが、彼の尾がかすかに揺れているのをルイは見逃さなかった。
すでにポンタに神格の兆しが芽生えつつあるのだ。
「我々は近い将来、神々と戦うことになる」
ルイの言葉で空気が再び引き締まる。
「この世界の根幹を揺るがす高位存在たち。
神々は動き始めている。戦う覚悟のない者は今から選択しなければならない」
神晴明や南無三らはそれぞれの胸に覚悟を抱いている。
だが戦わずとも良い。選択は尊重されるのだ。
「だからこそ、今が分かれ道だ」
ルイはハーメルンへ視線を向ける。
「君の素体としての伸び代は低い。だが融合すれば話は別だ。
南無三かポンタ、あるいはダンジョンの主と融合する可能性がある」
ハーメルンの瞳が揺れ動く。
融合とは意志を重ねること。
ポンタは首をかしげて笑いながら言った。
「合体、してみる?面白いよ?」
南無三も舌を出して軽く微笑む。
「わたしと混ざったらクセは強くなるけど、悪くないよテヘペロ」
ハーメルンは静かに笛を見つめていた。
それは彼にとって唯一の存在であり、多くの命を奪った証でもある。
だが神器となれば、過去を贖い未来を選べるかもしれない。
「このダンジョンは六十六階層で底を迎える。
最深部で“器”と響き合えば、神器となるだろう」
ルイの声が洞窟の壁に反響した。
「音で空間を操り、戦場を支配する――
そんな“音律の神”になる道もある」
しかしルイは続ける。
「望まぬなら、それでもいい。
テイムしたからといって、意志を踏みにじらない。
戦を望まなければ別の役割を用意しよう」
ハーメルンはようやく顔を上げ、笛を唇に当てて一音吹く。
その響きに周囲の空気が震えた。
それが、彼の選択の始まりだった。




