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神の余興により堕とされた異端の翼、その者、異界にて覚醒し神すら恐れる陰陽術を操る  作者: アマ研
第六章 四国同盟、闇洞突破戦 — Shikoku Alliance: Dark Hollow Breakthrough
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第百四十二話 「笛吹きの階層」 Dungeon Harmonics

 五十五階層。


 深層特有の重圧が空気に混じる、静かすぎる空間。

 ゾロ目の階層には、本来「レイドモンスター」が構える定めがある。

 だが、今のところ敵影は一切ない。魔物の臭いも、気配も感じない。


「おかしいな……ここ、空っぽやないか?」

 神晴明が静かに呟いた。


 ルイも同意するように頷いたが――その時だった。


 ヒュウ――……


 空気が震えた。耳の奥をかすめるような微細な音。

 音階でも旋律でもない、ただの笛の"風音"。だが、それが不気味な違和感となって空間全体を包み込む。


「……今、笛?」


 ポンタが耳を立てる。だが、その姿がふっと――煙のように消えた。


 いや、最初に消えたのは――一つ目小僧だった。


 誰にも気づかれず、誰の意識にも残らぬまま、跡形もなく。


「……!? 消え――」


 南無三の言葉が最後。彼女の身体もまた、音に包まれてかき消える。


「ポンタ!」

 ルイが振り向いた時、ポンタの輪郭が音に波立ち、次の瞬間にはそこにいなかった。


 静寂が深まる。笛の音が、また細く響く。


「くそ……」


 ルイが気を張り詰める。が――そのとき。

 神晴明の表情が変わった。


「この音、空間ごと引き込む……音術の高位系やな」

 言い終える間もなく、晴明の身体が音に囚われ、解けるように消えた。



 敵の姿はない。音だけが、空間を律していた。


 緊張を解かず、気を沈める。

 一歩でも動けば、何かが壊れそうな危うさ。


「――面妖だな」


 静かに言った瞬間。


 空間の端がねじれた。


 その歪みの中から、神晴明が現れる。

 その手には――一人の少年が掴まれていた。首根っこをまるで猫のようにひょいと持ち上げ、無表情に連れてくる。


「こいつの音でやられた。なかなかにやるやつや」


 少年は白髪、片目は閉じ、黒衣をまとって笛を握っている。

 まるで人形のように力が抜けているが、完全には気絶していない。

 神格を持たぬ者であれば、先の"音"だけで精神を刈り取られていた。


 ルイが前に出る。


 少年と目が合う。片目が静かに開き、感情の読めぬ視線を返してきた。


「テイムする価値があるな」


 そう言った瞬間。

 ルイの右足が地を打つ。

 空気が弾け、瞬間加速。


 一瞬で間合いを詰めた。



 晴明が軽く目を見開く間に、ルイの掌が少年の胸元に届いていた。


 ――発勁。


 呼吸も気も、全てを一点に込めた無音の一撃。

 体内の霊流に直接干渉する術式と融合したその掌撃は、表面を打つのではなく、魂の核を震わせる。


「っ……!」


 少年の身体が震え、笛が落ちる。

 音が、止まった。支配空間が崩壊する。


 ルイの掌から伸びる霊糸が、少年の霊核へと深く侵入し、意識の深部へ接続されていく。

 霊的接触に成功したルイの気配が、少年の核と重なり合う。



 静かに、優しく。だが絶対の意思で。


 一瞬の沈黙。


 やがて、少年がゆっくりと顔を上げ、小さく呟いた。


「……ハーメルン。それが、僕の名だ」


 テイム、完了。


 ポンタが目を覚まし、ふらつきながら立ち上がる。


「うぅ……、妙な子拾ったなぁ……」


 南無三も顔をしかめつつ復帰。

 一つ目小僧はぼんやりと天井を見つめながら「だもん……」と呟いていた。


 神晴明は、肩をすくめた。


「……まあ、神でも引きずり込まれかけた相手や。うちの戦力にできたなら上出来やろ」


 ルイは短く頷き、ハーメルンに背を向けた。


「お前の音は強い。なら、俺たちの戦いに使え」


 少年は笛を拾い直し、静かにルイの後ろに立った。


 音は止んだ。

 だが、戦いの旋律は――まだ、始まったばかりだった。

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