第百三十話 「魔宴召喚」 Trinity of Ruin
「……それでは次は、ベルゼバブでも喚びますかね」
戦場の中心で、私は静かに魔道書を開いた。
冥界の地はまだ揺れている。
サタンが暴れ始めたせいで、地形がもう二度ほど変わった気がするが──気にしてはいけない。
魔道書の最深部、封印されたページに管理者権限で指を滑らせる。
ページが開く、その瞬間──
**ズバッ!**
「……またか懲りないですね」
死神の大鎌が飛来し、私の身体を縦に真っ二つに切断していった。
断面が滑らかすぎて少し感心している自分がいたが、まあ、それはそれとして。
私は両断されたまま、詠唱を止めずに続行する。
「現界すると三度世界を滅ぼすと言われた存在──**ベルゼバブ、解放**」
空間がひび割れ、魔力の飽和が起こる。
虚空が捻じれ、冥界の空に黒炎が走った。
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## ベルゼバブ登場
次の瞬間、空間を破壊しながら**彼**が現れた。
身体の輪郭すら曖昧な、暴走する飢餓と腐蝕の塊。
「──え、なにここ? 壊していいの?」
にっこりと、無垢な子どもが新しいおもちゃを見つけたような顔をしている。
「フフ……気が利いてるじゃん、メフィスト! こういうの待ってた!」
「ええ、どうぞご自由に。というか壊す前提で呼びましたし」
私は再接合された身体を整えながら言った。
やはり、ベルゼバブの本体を出して正解だった。
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## 知的ベルゼバブとシンディールの存在
「……しかし、随分と知的になられましたね?
性格が若干“変質”されたような」
私は彼の変化に気づいた。これはただの暴力衝動ではない。
ベルゼバブは、かつてとは違う。言葉を理解し、戦略すら描きかねない精度がある。
「うん、あっちで**シンディール**が教えてくれる。
あいつ、面白いんだよ。殺すより狩る方が好きになって来た」
「……シンディール……。あの主人とは別のベクトルで有望ですね」
私は魔道書を閉じた。
この組み合わせ、非常に面白い。
「ついでに、**マモン**も出してみましょう。どうせなら地獄の三柱、勢揃いで」
再び魔道書を展開し、封印の次層を解放。
大気が一瞬で濁り、瘴気が充満する。
現れたのは、闇に包まれた金属のような肌を持つ巨躯。
欲望を物質化したような存在──**マモン**。
その目が開いた瞬間だった。
**パチン──**
空気が弾ける音と同時に、**三十体の死神が即死**した。
ただ、見ただけで。
「……あれ? 殺気だけで殺しましたね? 鍛えてます?」
「……ああ。魔道書の中でも退屈でな。ちょっと訓練をした」
マモンは静かにそう答えた。
この落ち着いた殺意──まるで死そのものが人格を得たような存在だ。
「扱いづらいと思っていましたが……意外と**扱いやすい**ですね。
私十回くらいは死ぬと思ってましたけど」
冥界の大地には、まだ死神たちの軍勢が残っている。
ハデスはまだ姿を見せていないが、いずれ動くはずだ。
「では……とりあえず、数が多いので**減らしましょうか**」
三十体のメフィスト、暴走を始めたサタン、
自由行動を始めたベルゼバブ、見ただけで殺すマモン。
そして私自身──全員が笑っていた。
冥界は既に、冥界ではない。
ここは今、“地獄”と呼ばれるに相応しい、狂気の劇場だ。
「さあ、開演の第二幕と行きましょう。**神の秩序を壊す時間です**」




