第百二十八話 「怪物を育てる場所」 Where Monsters Are Made
世界が変わり始めていた。
天と地の境は崩れ、神々が越境し、冥界の門は破られた。
抑止力はすでに機能を失い、“正義”を名乗る者すら剣を抜く時代が訪れようとしている。
その最前線に立たされているのが、転生者・ルイ。
その双子の兄・ランス。
そして――神殺しを成し得る“異物”たち。
「まずは時間を稼ぐ。最前線はメフィストに任せる」
冥界から空を睨みながら、ルイは静かに告げた。
「奴は《門》を越え、マモン、サタン、ベルゼバブを伴って突撃する。抑止力の三柱を解き放つ。それで神々が一柱でも消えるなら――充分な成果だ」
神が神を殺す地獄。
だが、それすらもルイにとっては“予定通り”だった。
「俺たちは“地の底”へ行く。神すら届かぬ深淵――ダンジョンの最奥へ」
地図をなぞる指先が、震えることはなかった。
その瞳には“理”と“殺意”が同時に宿っていた。
「今、ダンジョンすら《龍脈》に染まり始めている。遅れれば、アンデッドや《スタンビート》、さらには変異龍脈種が重なって出現する」
「……最悪、メフィストを出せば全て焼き払えるが」
肩をすくめたルイの口元に、静かな笑みが浮かぶ。
「奥の手は、生き残るためにある。初手で切るカードじゃない」
◆
三ヶ月後、神々の大戦が始まる。
世界は一度、確実に“死ぬ”。
そのとき、自分たちが生き残る側に立っているためには、
神に抗するどころか、殺せる力が必要だった。
「そのために……一つ、決めよう」
ルイは一同を見渡し、言い放つ。
「俺はダンジョンを破壊する」
「ええっ!? 国家の管轄じゃ……え、ねぇ本当に大丈夫? てへぺろ☆」
突然声を上げたのは、南無三だった。
くりっとした目で、いつも通り舌を出す。
「問題ない」
ルイの返答は冷ややかだった。
「その国はもう存在しない。王も領主も死に絶えた。ダンジョンの所有権は、今や“力を持つ者”の手にある」
「それに」
その目に宿るのは静かな破壊衝動――
「俺は錬金術、霊術、魔力炉心を掌握している。
物資もエネルギーも、俺の手で生産できる。ダンジョン素材など必要ない」
「必要なのは、“素材”じゃない。
──力だ」
神々の手が届かない最後の場所。
そこは、神を殺す怪物を鍛えるための“育成地”だった。
◆
「今回は、各自を特化分隊として再編成する」
ルイはそう告げ、選抜メンバーを指名する。
【ルイ隊:ダンジョン制圧特化型】
ルイ:司令塔。陣形構築、術式、召喚・解析・火力の全対応
十尾晴明:霊術と陰陽呪術の主砲。広域制圧と結界破壊に特化
芦屋神祖:再生・吸収・呪縛を駆使するタンク兼中核
ポンタ:変化・擬態により混乱を招くトリックスター
ドーマン:獣人。突撃・接近・体術
南無三:索敵・監視・幻術の支援型。情報解析担当
一つ目小僧(群):全周視野、霊視、精神感応の情報ユニット
マタタビ(影):魔力供給炉心として稼働。影内から補助行動可
「これが、俺の“手札”だ」
彼らの任務は、ただ攻略するだけではない。
“神を殺せる”怪物へと、自らを鍛え上げることだ。
一方、ランス、アーサー、アシュラ、ナナシ、アラクネ、真祖ヴァレンティナらは別の神域攻略へと動く。
彼らは異なるダンジョンで、“神性”の遺物を回収し、それぞれの能力を極限まで引き上げる任を負う。
◆
「三ヶ月。それがリミットだ」
ルイは言う。
「それまでに全員が、“神を殺す”一撃を持て。
最低限、それだけは達成しろ」
冥界の門はすでに開いていた。
視えざる神格たちが、空の向こうからこちらを見ている。
だが、ルイの言葉はただ一つ。
「地獄は──こっちから迎え撃つ」
ダンジョンの扉が軋む。
闇の中、踏み出した足が静かに響く。
そしてルイの声が、深淵に染み込むように宣告した。
「──殺せる神はすべて殺す。それが、俺たちの生存戦略だ」




