第百二十七話 「時間稼ぎ」 Buy Us Time
濃密な霊気が地を這うように漂い、裂けた空間の中で冥界門は静かに、だが確実に“向こう側”へと繋がっていた。
その裂け目から感じ取れるのは、理不尽な死と狂気、そして神々の意志が渦巻く深淵。
「──まずは、時間を稼ぐ」
ルイの声が、張り詰めた空気を断ち切った。
その眼差しは、冥界門の奥、神々の蠢く無の領域を捉えたまま。
静かでありながら、決して拒絶できない、圧力を帯びた命令。
「メフィストフェレス。貴様の同僚──マモン、サタン、ベルゼバブ──全員を連れて冥界門を突き破れ」
「いいんですか、勝手に戦争を始めて?」
黒い唇の端を吊り上げ、メフィストが楽しげに笑う。
「構わない。神が増えすぎているのなら、誰が減らしても変わらない。むしろ──“減らされる覚悟もない神”など、最初から不要だ」
ルイの言葉に、空気が一段と冷える。
無数の思惑が交錯し始めていた。
神託会議が崩壊し、均衡が壊れた以上、この世界は“神々のルール”では保てない。
神でさえ、もはやその存在価値を測られる対象にすぎない──そう、メフィストのように。
「我々は──再びダンジョンに潜る」
ルイの視線が、仲間たちを鋭く射抜いた。
「この世界のダンジョンアクセサリーには、神をも凌駕する可能性が眠っている。アクセサリーの力を取り込み、ダンジョンそのものを破壊し、自らの限界を超える」
「この三ヶ月で、お前たちは全員“神を殺せる存在”になる」
アシュラが腕を組み、ニヤリと笑った。
「俺たちが、神狩りになるわけか……おもしれぇ」
「当然だ。でなければ──殺されるだけだ」
芦屋が影を撫でながら、静かに呟いた。
「世界は今、均衡の瓦解に向かっている。人類絶滅の先にあるのは“神の粛清”だ。生き残れるのは、神にすら抗える存在だけ」
ルイの言葉に、誰も反論はしなかった。
それぞれが既に悟っていた。
この戦いはただの戦争ではない。“世界の在り方”そのものが、いま再編されようとしているのだ。
◇
「時間は、おそらく三ヶ月」
ランスが淡く光る剣を腰に収めながら口を開く。
「長いようで短い。だが──その中で、俺たちはすべての準備を整える」
「最低条件は“メフィストフェレスと同等”。それ以下の存在は、神の戦場に踏み込むことすら許されない」
◇
ルイは小さく息をついた。
「……いいか。神という存在は、何も特別じゃない。権威と幻想で塗り固められた“仕組まれた存在”に過ぎない」
「だが、その力は本物だ。おそらく、今後の戦争では“力だけが全てを決める”ことになる」
「戦術も戦略も、祈りも願いも──力の前では無力だ」
彼の眼差しに、全員が静かに頷いた。
「メフィスト。お前の同僚たちが“闘いに飢えている”なら、願ってもない。生かす気はない。徹底的に破壊し、再構築する。神すらも例外ではない」
「ふふふ……殺しても死なないってのが、あの連中の厄介なところなんですが……ま、試してみますよ。せっかく命令をいただいたんですから」
メフィストが闇の中へと一歩、足を踏み出した。
◇
ルイたちは再び旅立つ。
人の世界ではない“神の領域”へと挑むため、己を鍛え直す旅。
戦争は、確実に近づいていた。
それはただの国家間の争いでも、宗教戦争でもない──
神と、それに抗おうとする“元・人間”たちの、存在そのものを懸けた最終戦争。




