第百二十六話 「門の向こう」 Beyond the Gate
戦いの余韻に霊気が揺らめく中──
一つ目小僧がピタリと動きを止め、冥界門の方をじっと見た。
「ルイさま……門の中、なんか……顔、覗いてるんだもん」
全員の視線が集まった。
黒き門の裂け目、その奥に──半分だけ顔を覗かせる死神。
皺のない皮膚、表情を欠いたその顔は、生き物のものではなかった。
「アラクネ、捕らえろ」
ルイの指示と同時に、ノクタールが反応する。
霊糸が門の向こうへ疾り、迷いなく“それ”を絡め取った。
キィィィッ!
粘着性の糸が死神を引きずり出す。
冥界門からずるずると現れたその姿は、白フードの痩せた影──死の化身。
「尋問開始」
アシュラが腕を組み、芦屋は地面にぬるりと影を広げる。
だが死神は、何も言わない。動かず、ただ無表情に拒絶を示すだけ。
「……仕方ないな」
シンディールが一歩前へ出る。
額に指を当て、静かに言葉を紡いだ。
「脳内抽出・可視転写」
淡く青白い光が死神の頭上に現れ、空間に思考が文字として展開されていく。
> 「──神託会議の調整役──」
> 「──神が多すぎる──バランスの崩壊──」
> 「──戦争の前に整理が必要──」
> 「──人類殲滅後、神の粛清を──」
> 「──冥界門は突破ルート──敵神派閥の殲滅準備──」
「……うわ、めちゃくちゃだもん」
一つ目小僧がぽつりと呟いた。
「つまり、まず人間を殺して、次は神を殺し合うって筋書きか」
ルイの声が、冷たく落ちた。
「神の数が増えすぎて、整理しようとしてるわけか……正気じゃねぇな」
アシュラが鼻を鳴らし、芦屋は小さく頷いた。
「世界の安定じゃなくて、“自分たちが気持ちよく存在する”ための整理整頓か……」
◇
「……少し使いすぎたな」
シンディールが額に汗を滲ませながら呟く。霊体の輪郭が揺れ始めていた。
「召喚の維持が限界に近い」
「神装備の変質、思考可視化……連続使用で霊核が乱れている」
彼の身体が透け始め、霊気の波とともに消えようとする。
「……神の道具は、魔力が重いからね」
ルイが小さく呟く。
──彼の召喚は魔力の四分の一を必要とし、それを使い切れば霊界に送還される。
シンディールは静かに頭を下げたあと、インゴットだけを足元に置いて帰っていった。
「しっかり置いていったな」
ランスが苦笑する。
◇
「冥界門の様子は?」
ルイが一つ目小僧に訊ねた。
「……全っ然見えないんだもん……真っ暗っていうか、見ようとするほど、見えなくなるんだもん」
「視えないってことは、“神域”だ」
ランスが真剣な声で言う。
「俺たちはまだ“門の外”にいるってことか……」
「そして、メフィストフェレスレベルが“最低ライン”……神を殺すためには、あれと互角じゃないと話にならないってことだ」
アシュラが肩を回す。
「じゃあ修行するか。殺すために、な」
◇
メフィストフェレスが静かに語り出す。
「“死にたい神”が多くて困ってるようですね。ちょうど良い同僚がいまして──ベルゼバブ、マモン、サタン」
「全員、私と同じくらいの戦闘力。勝ったり負けたり──殺し合ったり殺されたり」
「でも、死なないんですよ。困ったことに」
ルイは少し口角を吊り上げた。
「殺す意味もない神たちか。でも……」
「神に勝てる強さ、身につけるにはちょうどいい」
「実戦訓練ってわけだもん」
一つ目小僧がポンと手を打つ。
◇
冥界門はまだ開いている。
そして、神々の思惑も、狂気も──その向こうで蠢いていた。




