第百二十五話 「死王断裁」 The Reaping of the Dead King
タナトスが第二形態へと変貌した。
それは神すらも刈り取るための姿──だが。
「……蟻がゴキブリに進化したところで、気持ち悪いだけですね」
メフィストフェレスは、視線ひとつ変えずに呟いた。
「ゴミはゴミにしかなりませんが、これいかに?」
タナトスが咆哮とともに斬りかかる。
《ネクロス・セカンド》──概念ごと命を刈る神の鎌が、空間を裂いた。
だが。
「遅いですね」
その刹那。
メフィストはすでにタナトスの背後に立っていた。
空間転移ではない、時流の優先権そのものを奪った動き。
──重力歪曲、発動。
黒い球体が爆ぜ、タナトスの右半身が消し飛ぶ。
「認めたくないものです。自分自身の、若さゆえの過ちというものを」
「あなたを三秒で殺しておくべきでした」
タナトスの傷口から、赤黒い霊気が漏れる。
それを構うことなく、メフィストは容赦なく続ける。
「死神とは、命を刈る者ではない。
“存在”の責任を背負えなかった者の、逃避の形です」
──裁定印
空間ごと対象を「存在しなかった」ことにする魔印が、次々と刻まれる。
数秒後、タナトスの左腕と下半身が、まとめて蒸発する。
もはや暴力ではない。理の暴走だ。
◇
「ルイ、あれ……もう俺たち、要らなくないか?」
ランスが呆れたように笑う。
だが、ルイは首を横に振った。
「いや──こっちもやる。これは戦争だ、皆で仕留める」
次の瞬間、ルイたちが一斉に駆け出す。
南無三が地を割って影を伸ばし、アシュラが六腕で連続の斬撃を叩き込む。
十尾晴明は空中から霊符を雨のように撒き、ポンタがそれを模倣する。
芦屋はスライム体で接触し、電磁干渉を起こして鎌の周囲を封鎖。
そしてランスが──双剣でタナトスの背骨を切断寸前まで追い込んだ。
「残骸にゃ手加減はいらねぇだろ!」
◇
その間にも、シンディールは独自の動きを続けていた。
タナトスの右腕から砕けた《ネクロス・セカンド》の破片を拾い上げる。
「ふむ……素材としては優秀。じゃあ、はい」
瞬時に術式を展開。
──神殺しの大鎌 → 白銀のインゴットへ錬成。
「いいね。これでまた新しい武器でも作れるよ」
と、にこやかに笑っている。
◇
そして──決定打はメフィストの手に握られていた。
「死を司る者に問います。あなたの“死”は、誰が裁く?」
「──答えは、私です」
最後の術式が炸裂する。
──審判式封印
その一撃が直撃したとき、
タナトスの神格が砕け、
全身から死の霊気が音もなく崩れ落ちた。
重力が戻る。
空気が、息を吹き返す。
「……終わりだ」
ルイの言葉を最後に、
死神タナトス、完全沈黙。




