第百二十四話 「死の覚醒」 Thanatos: Second Revelation
空気が変わった。
否、それは**空気ではない。「生」そのもの**が圧迫されている。
「ッ……なんだ、これは……」
アーサーが剣を構える手を止めた。
霊気に満ちた空間で、ゴーレムを操っていたシンディールの目が細まる。
タナトスの黒衣が、風もないのに揺れていた。
その体から放たれる霊圧は、明らかに異質な変質を見せていた。
腐敗でもなく、静寂でもなく、闇ですらない。
ただ“生”を否定する、純粋な「死の原型」。
「やれやれ……厄災そのものやな〜」
十尾晴明が、狐火を消して後退する。
ルイが魔道書を閉じた。
「……タナトス、本気を出すつもりだな**」
応える声はない。
だがその代わりに、音が消えた。
霊魂の波動が“無”に近づくことで、この世界の“存在”そのものが削られていく。
タナトスの背に、無数の影が浮かぶ。
それらはかつて彼が刈り取った魂の残滓──
滅された神、英雄、魔王たち。
もはや記録にも残らぬ、**抹消された存在たち**。
シンディールが呟く。
「……提案がある。メフィストの並列存在、統合して“本体”を召喚しようか」
「出し惜しみは、もう要らない」
ルイが即答する。
その瞬間、空間が割れた。
光の門が現れ、そこから現れたのは──
悪魔メフィストフェレス、本体たる契約存在。
その姿を見た瞬間、空間の死霊たちがざわめいた。
彼らすら畏れる何かを感じ取ったのだ。
「シンディール」
「了解。ソイソイ、ペイッと」
指先で軽やかに術式を弾くと、シンディールは2体のメフィストを霊的融合させた。
二重契約による完全制御──それは\*\*この世界すら対象に含む“万能調停者”\*\*の出現だった。
「ふふ……久しぶりの“完全招来”……**実に三千二百六十八年ぶりだ**」
彼は周囲を一瞥し、タナトスを指さして、笑う。
「**恐らく、私ひとりで片がつきますが?**」
冗談のような軽さ。
だが直後に繰り出された行動は──笑えない。
──**“構築式干渉”**
それは禁忌中の禁忌、相手の存在基盤に干渉する術式。
タナトスの腕がもげ、肩口から煙が吹き上がる。
──**“終焉定数調律”**
時空と因果の均衡を改竄し、タナトスの回避行動そのものを「なかったこと」にする。
──**“魂環の虚無化”**
彼が殺した魂の残滓たちを無効化し、タナトスの支配霊群を瞬時に消し去る。
その一撃一撃が、タナトスの絶対性を削っていく。
「……ば、馬鹿な……」
タナトスが、初めて声を漏らした。
あの死神が、完全に押されている。
そして──
「遊びはここまで」
メフィストが指を鳴らした瞬間、
タナトスの体が激しく痙攣する。内部構造が崩壊し、制御不能に陥る。
「ッ……やめろ、これ以上は──!」
「ほう、口が回るうちに喋ったら?」
無数の封印術式がタナトスの体に穿たれる。
死神の外殻が崩れ落ち、中から異形の影が這い出した。
それは、“死神”の本質──**抑圧されていた神核そのもの**。
そして、それが呟いた。
「──ならば、解くとしよう。封印形態、解除……」
空間が軋む。時間がねじれる。
「**真なる死に至る構造へ──《タナトス・セカンドフォーム》、顕現**」
黒衣が破れ、漆黒の羽根が背中から展開される。
四肢が細長くなり、顔は仮面のような無表情。
右腕に宿った鎌は、もはや神殺しではなく、**概念刈りの器**と化していた。
──神の鎌、《ネクロス・セカンド》
そして彼は言う。
「これより先は、存在そのものの審判。備えよ、魂の騎士たち」
対峙する一同に、膨大な霊圧が襲いかかる。
だが、ルイの目は揺るがない。
「構うな。**全員で、殺す**」
戦場が、最終局面に入る。




