第百二十三話 「機巧の才」 Artificer’s Gift
神域金属の巨躯が、咆哮と共にタナトスへ突進する。
その動きに寸分の無駄もない。
ゴーレムの運用者――シンディールは、戦場の後方に立ちながら、ひとつ大きな伸びをしてつぶやいた。
「やれやれ、僕は戦闘は不向きでね〜」
その声音に焦りも怒気も無い。まるで散歩の帰りにでも立ち寄ったような軽さだ。
だが彼の目は、全味方ユニットの動きと反応を正確に追っていた。
「ぱっと見たところ……」
指をくるくる回しながら、戦場を眺める。
「蜘蛛の女の子と、四つ尾と、十尾……それと、あのスライムか人間か曖昧な彼。うん、だいたい把握」
ゴーレムの背中から飛び出した金属細工の触手が、シンディールの指示を受けて四方へ展開していく。
「錬金術ってのはね、“加える”ことに特化してるんだ」
触手が戦闘中の仲間たちに光の糸をつなぐ。
「――ほいほい、ソイソイ、ペイっと」
軽い口調のまま、次々と術式を転送し、アレンジ錬金術が仲間たちの装備や体質に適応されていく。
「この世界の霊気律に合わせて調整。いわば“地に足をつける”って言ったほうが分かりやすいかな。うん」
蜘蛛の少女アラクネ・ノクタールの足元が急に滑らかになり、着地の衝撃を霧のように逃がす。
四尾ポンタの尾が柔軟化し、幻影の数が増加する。
十尾晴明の式神陣が立体式に昇華し、式神が独立行動を始める。
芦屋神祖のスライム身体の伝導率が強化され、呪術の圧縮力が上昇する。
シンディールは構成の隙間に、術式を滑り込ませただけ。
だがその“だけ”が、仲間たちの能力を段違いに押し上げる。
「他にも色々あるけど、戦闘中にやるにはこれくらいが限界かな」
彼は軽く肩をすくめながら、指先で円を描く。
「……あと、追加でバフかけとくよ。サブ効果だけど、回避率と霊流耐性も少し上がる」
その瞬間、周囲にいた全員の動きが一段階軽やかになる。
回避、反応速度、霊気の同調率――全てが確実に向上していた。
ルイは小さく目を細める。
(……この男、化け物か)
戦闘は不得意と公言しながら、回避は滑らかで、ゴーレムは寸分の狂いなく動かし、補助と調整は神業の域。
「そっちは任せたよ〜。僕はこっちでちまちま細工しておくから」
シンディールは言うが――彼が今やっているのは“ちまちま”どころか、“絶対的な戦局操作”だった。
これまでどんな支援職も成しえなかった、“仲間すべての最大性能引き出し”を、彼は初見で完遂した。
しかもそれを、飄々とやってのける。
ゴーレムは霊気砲を放ち、死神の外殻をひび割れさせる。
タナトスが反応し、即座に反撃の死の波動を放つも、ゴーレムは最小限の軌道修正で受け流す。
「精度100%、反応時間0.04秒……うん、いい子だ」
あくまで気ままに微笑む彼の背後で、世界は激しく動いていた。
――そして、戦局は静かに、しかし確実に傾きはじめていた。




