第百二十一話 「死神との再会」 Reunion with the Death God
突如として、空間が歪み始めた。
周囲の霊気が音もなくざわめき、空気が凍りつく。まるで無音の叫びが全方位から響き渡り、王座の間の重厚な空気を断ち切ったかのようだ。
細かな埃すら動きを止め、時の流れが一瞬凍結したような感覚が、そこにいる全ての者の胸を締め付ける。
「……これは、結界崩壊反応か?」
ルイの側で警告音を鳴らすポンタが、慌ただしく転送指標を確認する。
だが、その数値は――**“位相不明”**。
意味を持たない数値に戸惑う間もなく、地面が大きく震え、裂けた。
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黒き縁取りをもつ環状の裂け目が地面から浮かび上がり、まるで異界と現世の境界そのものを断ち切るかのように、冷厳なオーラを放つ。
それは――冥界の門。
漆黒の裂け目は虚無を吸い込み、無限に広がる霊気の渦を巻き上げている。
**ズオオオオッ……!**
異形の咆哮が轟き渡る。
その音は単なる冷気の放出ではなく、死そのものが形をとって現世に滲み出している証だった。
裂け目の中から姿を現したのは、全身を黒衣に包み、巨大な鎌を携えた異形の存在。
その名は……
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### タナトス
冥府の死神。
ハデス直属の“門番”にして、“抹消権限”を持つ実行者。
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「またお前か……ハデスの駒使いが」
ルイは静かに呟いた。
彼の目には、驚きの色は微塵もない。
なぜなら、この死神とは過去に幾度となく命を賭して殺し合い、血を流した間柄だからだ。
「再会だな、貧弱天使……」
タナトスは兜の奥から、冷徹かつ重い声を放つ。
「ガネーシャの世界に……なぜお前がいる?」
「神々の均衡は既に崩れた。
我らはもはや静観しない。冥府は黄泉の外へとその手を伸ばす」
その言葉に、ルイの背筋が凍りつく。
かつての神々の約束――“神界間不可侵”の条約が、破られた瞬間だった。
「因縁を終わらせに来た。
貴様の魂、再び刈り取ってやろう」
タナトスの鎌が唸りを上げ、振り下ろされる。
空間が裂け、霊魂が引き裂かれるような圧力が周囲を震わせた。
だが、ルイは動じない。
すかさず魔道書を展開し、呪文を唱える。
**《禁式・創獣編纂》、アクティブモード!**
禁忌の書が死の霊気を吸い込み、解析へと変換し始める。
「メフィスト、解析は可能か?」
「試してみましょう。あれはただの敵ではない。完全な神格です。
素材価値は非常に高いですが、リスクも計り知れません」
「ならば行くぞ、アラクネ!」
ルイが地を蹴り、アラクネ・ノクタールが背を伸ばし触手を鋭く閃かせる。
霊糸が宙を舞い、死神の影と激しく交錯する。
触手と鎌が空間を切り裂き、霊気の奔流が衝突し、爆発的なエネルギーが迸った。
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ルイの意識は禁書の解析と融合し、死神タナトスの霊気の構造を高速で読み解いていく。
“死”の本質がここにある。だが、そこに潜むわずかな“揺らぎ”を見逃さない。
「ただの殺戮者ではない……だが、この揺らぎは勝機になるかもしれない」
その刹那、タナトスが次の一撃を繰り出す。
空間そのものを裂き、ルイの体ごと切り裂こうとする凶刃。
ルイは身を翻し、回避しながら同時に魔道書の力を解放した。
「《創獣編纂》、最大出力!」
禁書の光が爆発的に増し、霊気の渦を巻き上げる。
その光は、死神の刃に対抗し、激しい光と闇の戦いが交錯した。
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激闘の中、アラクネ・ノクタールはさらに多彩な霊糸を展開し、触手を複雑に絡ませてタナトスの動きを封じにかかる。
死神の鎌が幾度も振り下ろされるが、その一つ一つが霊糸に弾かれ、確実に削り合いの戦いへと持ち込む。
二人の戦いは、まるで神話の中の死と再生の神々がぶつかり合うかのように壮絶だった。
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「この死神との因縁……必ず終わらせる」
ルイの瞳に決意が灯る。
死神タナトスの影は深く、絶望の匂いを纏っている。
だが、ルイはそれを断ち切る力を秘めていた。
再び、命を賭けた死闘が幕を開ける。




