第百十七話 「聖域逆流 禁呪脈動」 Sanctum Recoil - Forbidden Pulse
風がうねる。
爆風でもなく、熱風でもない。
それは、スカルドラゴンが吐いた“存在そのもの”の余波──あらゆる生命が拒絶する、死の波動だった。
残骸を踏み越え、揺れる結界の下、片膝をついた影が立ち上がる。
左手が痺れ、指がうまく動かない。だが、右手は離さない。
七つの輪が再び展開される。
光が舞い、空間を区切り、味方の陣形を“整える”。
その背後、粘体が風を裂いて飛翔する。
無数のスライム弾が上空で弾け、奇妙な振動とともに骨の軋みを止めた。
主は語らずとも、その狙いは明白だった。
スカルドラゴンの構造に割り込む。
再生の連鎖を「遅らせる」ための時間稼ぎ。
空を滑る粘体が接触した瞬間、骨の再編速度が鈍る。
その隙に──気を裂いて踏み込む影。
発勁が放たれる。踏み込み、旋回、掌底。
気を震わせて一点を突き、頭蓋の中央を砕きにかかる。
しかし、構築が速い。
砕かれたはずの骨は即座に交換され、弾かれた拳が空を切る。
骨の波がうねり、芦屋の肉体が吹き飛ばされる直前、再び盾の輪が展開され──寸前で防ぐ。
空気が震えた。
遥か後方、骸の山を越えた高所。
そこに立つ小さな影が、ぐいと右目を光らせる。
指を前に突き出し、口元がにやりと笑う。
「一撃必殺だもん」
次の瞬間、虹色の光線が閃いた。
空を突き刺すような直線。空中で跳ね、反射し、スカルドラゴンの左翼を貫いた。
肉は無いが、骨の組織が一瞬で焼き崩れる。
光が止むと同時に、滑り落ちた骸骨が地に激突した。
その間隙──地が反応する。
竜脈が波打ち、逆流の兆しを見せる。
魔法陣の輪郭が滲み、地中から白銀の尾がゆっくりと姿を現す。
それは迷いなく突き刺される。中心核へ。術式の根へ。
魔力の流れが狂い出す。
術者が制御を失う。
空中で、スカルドラゴンの構造が一瞬だけ“浮く”。
その一瞬を見逃さなかった。
空気が弾ける音とともに、双剣が光を帯びる。
輪のうち二つが剣へと収束し、柄から刃先まで天光を纏う。
足元の地がひび割れ、重力を断つ。
一歩。
空気を押しのけるような踏み込み。
二歩。
重心を溜め、全身を捻り、
三歩目──踏み切り、空を裂く。
双剣が十字を描いた。
超聖輪斬・グランドクロスマグナ
空間が静止する。
閃光が全ての音を奪い、周囲の骨が一瞬だけ宙に浮いた。
次の瞬間。
斬撃が通過した軌跡が、天と地を分断した。
スカルドラゴンの胸部が、十字に裂ける。
砕けた骨が叫びを上げ、中心核が露出する。
光の残滓がそのまま閃きとなり、露出した核を焼き尽くす。
骨は崩れ、再構築は追いつかず、
万の魂が空へと放たれていく。
静寂。
爆風が去り、煙が退き、
風がようやく通常の流れに戻った。
光輪がゆっくりと剥がれ、
剣を支えに、ただ立つ影の前で──
スカルドラゴンが、完全に崩壊した。
だが、その中心。
光が消えた空に、なおも何かが残っていた。
黒煙の内に、ほんのわずかな“鼓動”。
それは鼓動ではない。
胎動だ。
魔力が蠢く。
竜の核が潰されたにも関わらず、
未だ“何か”が、再び姿を成そうとしていた。
白い尾が地に滑り、影が呟く。
──「まだ、終わりではなさそうだな」
冷たい風が戦場を撫でる。
次なる存在は、既に目を覚ましかけていた。




