第百十四話 「天光の守手」 Halo Sever, Dragon Breaker
空気が腐る。
地を這う無数のアンデッドが、喉も無いのにうめきながらこちらへ向かってくる。
斬り伏せる音の中、俺は輪を放つ。
空を駆ける七つの光の弧が、味方の死角を覆っていく。
「左下、回復急げ。ポンタ、後衛支援──!」
輪の一つが爆ぜて、割れた地面の前に盾を生む。
その影に、魔導士たちが滑り込む。
もう一枚の輪が回復光を広げ、癒しの膜を張る。
切っ先は誰にも向けない。
俺の剣は、戦場の流れを“整える”ためにある。
芦屋が無言で俺の背後に気を重ねる。
それだけで防壁が倍層になる。
「もう少し持てば、押し返せる……」
そのときだった。
ズズズ……ゴゴゴ……
空気が震える。
地が軋む。
何かが、集まり始めていた。
遠くの丘から、獣の頭蓋。
右手の谷から、馬の脚骨。
戦場に散った骨までも、空を滑って舞い上がっていく。
骨が、骨を引き寄せる。
風がねじれ、闇が螺旋を描く。
異様な構造体が、空中でかちかちと音を立てながら、竜の“型”を組み上げていく。
「止めろ! あれが完成したら終わりだ!」
一斉に攻撃を仕掛ける。
魔法、斬撃、槍の波。
だが、骨は止まらない。
どれだけ崩しても、他の骨が代わりに補う。
芦屋の発勁が一点を貫くが──砕けた頭骨は、すぐ新たな骨に差し替えられる。
「……チッ」
骨の大群が螺旋を描き、最終構築が始まる。
そして。
ゴォオオオオオオオオ……ッ!!
空が叫ぶような咆哮。
それは既に、獣ではなく、“存在そのもの”が吠えた音だった。
スカルドラゴン
千の骨、万の魂が一つに繋がり、黒く光る竜骨となって天を睥睨する。
その瞳がこちらを見た瞬間、背筋が凍る。
いまだ、術者がその魔力を流し込んでいる。
「攻撃中止。全員防御に切り替えろ!」
輪が即座に再展開。
広域結界を形成し、衝撃に備える。
竜が大口を開けた。
次の瞬間には、吹き飛ぶ地面と、爆ぜる空気と、叫ぶ味方。
だが、誰一人死なせない。
全員を、守る。
この輪が砕けても、何度でも展開する。
この戦場、まだ終わってない。




