第百八話「壊都カルノスの亡霊」 The Phantom of the Ruined City, Karnos
霧が立ち込める、死に絶えた都市――カルノス。
その街並みは瓦礫に埋もれ、ただ不穏な沈黙だけが支配していた。
一つ目小僧が小さな体で高台に立ち、街を見下ろす。
その単眼が霊気を裂き、死の帳の奥を透かしていく。
「だもん……やっぱり、生きてる人、いないだもん……」
報告が入る。ルイは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「予想通りだな」
晴明が結界の気配を指差す。
「……結界がひとつ、うっすら残ってますわ。隠れ家やった可能性もありますけど、いまはもう……」
「アンデッドだらけやないか。街ん中、腐っとるわ。ほんまにもう」
芦屋神祖が舌打ちし、杖を肩に担いだ。
空気が震える。どこかで呻き声が混ざる。
そして――姿を現す、骸骨のような者たち。
しかも、ただの死体ではない。
その動きは訓練され、連携すら感じさせる。
剣を構え、位置を散らし、魔法詠唱をカバーし合う。
動きは規律的で、迷いがなかった。
「……B級冒険者の遺体。連携が生きてる……いや、死んでも鍛え上げた連携が残っとる、ちゅうことか」
十尾晴明が静かに告げる。
「数も質も、そこそこやな。ま、ワシらが出るまでもないけどな!」
神祖がにやりと笑う。
「おやおや、ふふ……軽くみては、足を掬われますわよ」
アラクネが扇を開き、口元を隠して笑う。
「ひっく……ええやんか。ええツマミが来たゆぅわけやろ? ひゃはっ……行くでぇ~」
酒呑童子がふらつきながら拳を鳴らす。
「拙者、行く。相手がB級なれど、抜かりなきよう」
茨木童子の瞳が静かに燃える。
「……よし、全員。突撃するぞ」
ルイが短く指示を出した。
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## ◆ 死者の連携
6体のアンデッドが広がり、即座に布陣を取った。
1体が盾を張り、2体が弓と呪文を交互に展開。前衛3体は間合いをずらしながら囲みにかかる。
明確な“フォーメーション”――それは、生前に幾度となく生死を共にした戦友たちの証。
「くっそ……雑魚や思たら、回り込んできよるかい!」
神祖が吐き捨てるが、その顔にはわずかな敬意があった。
「アンデッドにしては……よう連携してますな。生前の呼吸、そのまま残っとるんでしょう」
晴明が後衛の詠唱を読み取り、術式を遮断。
「させるか――!」
アーサーが雷を放ち、敵の弓兵が崩れる。だが、すぐに別の個体が援護に回る。
「無駄な動きがねぇ……死んでなお、戦場の形を忘れとらんか」
ルイが矢を放ち、敵の防御役の肩を貫くも、その背後から別の呪文が飛ぶ。
「ひゃははっ! やるやんけぇ……! けどなぁ、ワシの火ぃで全部“おしまいや”!」
神祖が呪符を燃やし、死者の陣形を一気に崩す。
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## ◆ 最強の反撃
「おいおい、なめたらあかんぜ。こっち、“現役最強”なんやからな!」
芦屋神祖が地を蹴り、術式を重ねる。
晴明が詠唱の隙を読み、陰陽陣を展開。
「時よ、止まれ――」
時間を刹那だけ遅らせ、前衛の骸骨を一掃する。
「ぅえっへへ……こんだけ血が飛んだら、酒も回るってもんやなァ~……どら、もう一発や!」
酒呑童子が拳を振り上げ、地を砕き、敵の動きを完全に封じた。
「拙者が止めを刺す。貴殿らの勇、無にせぬためにも……」
茨木童子が突き立てた拳が、最後のアンデッドの仮面を砕く。
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## ◆ 死者の沈黙
6人のアンデッドは、陣形を崩さぬまま倒れた。
誰一人、崩れ落ちた後も“味方に背を向ける”ことはなかった。
その姿に、晴明がふっと目を伏せた。
「……潔うございますな。死してなお、命を背負っていた……そういうことですわ」
ルイは短く頷く。
「B級とはいえ……こいつらは、生きた戦士だった。敬意を払う」
「――ん、やるやん、死んだ連中のくせに。ちょっとヒヤッとしたやんけ……」
神祖が鼻を鳴らす。
「ふふ、命を削った芸。悪くなかったですわ。さあ、次はどちらへ?」
アラクネがくるりと踵を返す。
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## ◆ 霧の向こうへ
霧の奥、まだ結界が残る街の中心。
そこには、さらなる“何か”の気配があった。
だが今はまだ、その扉は開かない。
「行こう。ここは片付いた」
ルイが静かに言った。
最強の戦士たちは、再び静寂の中へと歩を進める。
――戦火の火種を残したまま。




