第百四話「死角からの一閃」 A Flash from the Blind Spot
29階層──矢を放ち、魔獣を従え、淡々と進む。
一連の動きは無駄がなく、もはや狩りではなく作業に近かった。
30階、31階、32階。
繰り返される戦闘。素材は書が自動で回収し、歩みは止まらない。
モンスターの強さは増すが、特に苦戦はしなかった。
だが──
ここからは違う。
33階層
そこは、**突破者の踏破者0**とされる危険地帯。
モンスターの強さは急激に跳ね上がり、個々の生存本能が露骨に牙を剥き始める。
その入口をくぐった瞬間、足元の空気すら重くなる。
気を抜けば、足首をかじられ、心臓を突かれる。
そんな“濃密な死”の気配に、無意識に息を潜めていた。
「……そろそろ遊びじゃ済まないね」
ひとつ、深く息を吐く。
心拍を落とし、重心を下げる。
指先から足裏まで、一つの意志で統合するように身を調律する。
そして──最初の咆哮。
突如、左右の壁を突き破って、牙の生えた猿型モンスターが飛び出した。
スプリット・バブーン。機動力と集団戦術に優れる群体種。
だが、こちらも即応。
矢が一本。
風を裂いて抜け、頭蓋を貫通。
さらにもう二体。
回避運動に入るより早く、足場を崩して片足を奪い、
回転の勢いで振り抜いた肘が、顎を叩き砕いた。
瞬間、別方向からの影。
「──っ!」
こちらを視認する前に、振り下ろされた斧をスライドで回避。
そのまま背後へ転がり、流れるように弓を引く──射る──貫く。
一撃、一撃、すべてが連動した“動きの線”で完結していた。
ふと、頭上で熱が揺れた。
瞬間、空を走る紅の閃光。
まっすぐに飛んだそれは、はるか上空──空間そのものを灼き裂き、
遥か遠くの崖に激突して黒煙を上げた。
「……何?」
見当違いにもほどがある角度と方向。
モンスターの群れどころか、誰にも掠らない軌道。
ただ、その直前──あの“ひとつ目”は微動だにせず、空の一点を見据えていた。
だが、それは今はノイズに過ぎない。
現実には、まだモンスターが残っていた。
右、左、死角の連携。
三体が囲むように襲いかかる。
──囲まれているのは、こちらか?
いや──連中の方だ。
地を蹴る。
円を描くように膝を回し、腰で引き絞った重力を一気に解放。
一撃、胴体を圧砕。
飛んだ肉塊の間を縫って踏み込み、次の一体の頭蓋を踵で沈めた。
残り一体は、仲間の血を浴びて足を止め──
その脳天に、矢がひとつ刺さっていた。
沈黙。
視界に敵はない。
「ふぅ……」
汗ひとつかいていない。だが、気配は依然、濃密だ。
この先にあるのは──レイドボス。
大広間の前に立つ。
微かな振動、そして“重圧”。
「……さて。集中、集中」
背筋を伸ばし、
ゆっくりと歩を進めた。
中は、広大な空間。
毒の湖。酸の霧。
そしてその中央──
──巨体が、ひっくり返っていた。
「……あ?」
毒沼に片足を浸け、仰向けに倒れた巨大な蛙型モンスター。
レイドボス《ヴェノミック・トード》。
その体は所々が黒く焦げ、ピクピクと痙攣していた。
口元には血泡、片脚は焼け落ち、背には深い裂け目。
まるで、巨大な熱線で撃ち抜かれたかのように──
「……うっわ、やってたんだ」
焦げた残骸の中心に、うっすらと残る円形の焼痕。
あの時、空を裂いた紅の閃光。
見当違いに思えたそれは──“ここ”を狙っていた。
ようやく、全てが繋がる。
「……外したんじゃない。撃ってたんだな、」
でかいのでテイムはしない




