第百一話「魔弾の王、式神を喰わせる」 King of Magic Bullets Feeds the Shikigami
矢が舞う。
弦の振動とともに、殺気が空を裂いた。
放たれた光の矢は音すら置き去りにし、ただ一直線に、敵影を穿つ。
その射線に気づけた者は、誰一人としていなかった。
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矢を撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。
撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。
魔力を変換した光矢が、空気を切り裂いて戦場を塗り替えていく。
「速すぎ……いや、あれはもう、乱射の域だろ」
ポンタが呆れたように呟いた。
だが、まだ足りない。
ルイは構えを崩さず、感情も見せないまま、矢を撃ち続ける。
たった一分で、戦場のモンスターは半壊。
生き残った個体も矢の衝撃で痺れ、動けずに倒れていく。
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そのとき――
「……あれは?」
視界の隅。
魔力の流れが裂けるように歪み、そこに“異質”が現れた。
黒く、艶のある硬質の脚。腹部には複眼のような魔石。
まるで死体に寄り添うように地に伏し、存在そのものを沈黙の中に沈めている。
**蜘蛛。**
ただの魔獣ではない。
霊力感知すら無効化する高位の沈黙結界を纏っていた。
「ユニーク個体……《ヘルスパイダー》か」
特殊個体の中でも記録すらほとんど存在しない幻級の魔獣。
巣を持たず、徘徊しながら霊的存在を捕食・処理する異能種。
「こいつ……魂喰いだな」
この異世界では、ルイの式神たちは霊力不足のため安定せず、現界できない。
位相内で渋滞を起こし、やがて“黄泉”の魔手に感知され、引きずり込まれてしまう。
本来ならば、現地に召喚してガス抜きを行う必要があった。
だが――今、目の前にその“処理装置”がいる。
「……撃ち抜くか」
ルイは静かに矢を番えた。
放たれる光矢。
《ヘルスパイダー》が身を滑らせるようにかわす。
その動きは、地を滑る水のように滑らかで、次の瞬間には立体的に壁を跳ね、天井を這い、死角から再出現する。
糸を展開しては矢を絡め取り、鋼糸の盾として防御。
ホーミングする矢すら、近くのモンスターへなすりつけるように誘導する――高い知性を伴った回避行動だった。
「いい動きだ……だが、読めた」
ルイの手が止まらない。
矢は風を裂き、空間を塗り替えるように射出される。
《ヘルスパイダー》が糸を広げた瞬間――
ルイはその糸の反発力すら利用し、跳躍。
**近距離戦闘へと切り替える。**
両手に鞭。双鞭術。
鞭が閃光のように振るわれ、蜘蛛の脚を絡め取る。
相手の反応をわずかに遅らせた隙に、ルイの身体が円を描く。
大地をすべるような足運びからの一閃。
身体の回転が最大加速に達した刹那、地を踏みしめる。
その体幹の揺れから、力が収束し、爆発するように放たれた一撃。
《ヘルスパイダー》の巨体が吹き飛び、地面に激突。
粉塵が舞い、空気が揺れる。
そこに、弓を再び構えたルイが降り立つ。
光が彼の背後から差し込み、まるで舞台の幕開けのように煌めいた。
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蜘蛛はまだ死んでいなかった。
だが、膝を折り、魔石が激しく脈動している。
「……今だ」
ルイは右手をかざし、魔法陣を――展開しようとして、止まった。
霊核を叩き込む。式神たちの魂を融合させる。それが、この魔獣に何を起こすか。制御できる保証は、どこにもない。
(けど……やるしかない)
その瞬間だった。
脳裏に、異様な“声”が割り込んだ。
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**「スキル発現:禁式・創獣編纂《Forbidden Rite: Codex Bestia》。古代の禁術を起動中……捕獲素材を回収します。」**
「……スキル?」
周囲の空気が霊的に共鳴し、振動する。
地面から濃霧のような霊気が立ち昇り、何かが顕現しようとしていた。
その中心に、一冊の漆黒の魔道書が浮かび上がる。
**ルイは動けなかった。ただ、見つめるしかなかった。**
本が静かに開かれる。
そして――現れた。
黒衣をまとい、艶めいた微笑みを浮かべる異形の男。
「やあ、初めまして。メフィストフェレスと申します」
深い瞳に、劇の幕開けを見守るような気配を宿しながら、彼は言った。
「この魔道書の管理者を務めておりまして。スキルの発動に応じ、参上いたしました」
「お前……俺の、何なんだ」
「契約者、ですね。貴方は今、《禁式・創獣編纂》を“選んだ”。だから、私はここにいるのです。
そしてその霊核。使うおつもりでしょう?」
魔道書が低く唸る。
**――ゴォォ……ッ!**
霊気を巻き込む風が吹き、戦場に残された素材が、まるで**ダイソン**のように魔道書に吸い込まれていく。
死体、魔石、欠損部位、装飾品、霊素の断片。
すべてが、重さも抵抗も無視して、書の中に消えていく。
「……吸引力が……異常だな」
ポンタの呟きに誰も返事はしなかった。
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霧が晴れた戦場に、一片の死体すら残っていない。
「……助けが必要なら、使え。失敗しても、巻き戻しは効きませんが」
ルイは右手を動かした。
霊核を、魔石へと叩き込む。
魔道書が輝き、蜘蛛の身体が激しく震える。
呻き声のような振動が空間を支配し、構造が、変わり始めた――
脚が延び、腹部が鋼鉄の鱗で覆われ、背中から触手のような霊糸が伸びた。
複眼は七対へと増え、魔石は位相安定核と融合。
外部から霊を呼び込まずとも霊力を保持できる構造体へと進化する。
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**「ユニーク進化体、確認」**
《ヘルスパイダー》は、式神たちの霊核を喰らい、構造ごと変容した。
そうして生まれた新たな霊喰いの女王――
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### **《アラクネ・ノクタール》**
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蜘蛛型最強種・アラクネの系譜に連なりながら、霊的位相処理機能と高次知性を併せ持つ、進化体。
頭を垂れ、八本の脚で地を叩き、ルイに忠誠を示す。
「テイム完了……式神の心配が、これで無くなったな」
その背でうごめく霊糸の中に、式神たちの気配が安定して漂っている。
もはや、霊核が暴走することはない。
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周囲の戦場は静寂に包まれていた。
瀕死のモンスターには自動で回復札が張り付く。
意識を失った個体も即座に回復し、テイム札が次々と展開されていく。
死体は識別され、錬金素材として加工されていた。
「……よし、素材回収完了。これで戦闘試験にも回せるな」
ルイが振り返ると、《アラクネ・ノクターナ》が静かにその背後に佇んでいた。
霊糸の中には、なおも静かに、式神たちの気配が揺れている。
「次の階層へ行く。……実戦投入だ、アラクネ」
蜘蛛の脚が音もなく地を滑り、霧のような霊気が辺りを包む。
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**矢を撃ち尽くし、霊を喰わせ、
すべてを戦力に変えるその姿こそ――魔弾の王子。**
ルイの無双は、まだ始まったばかりだった。




