第百話「神域の狩人、妖尾の魔神 最強パーティによる制圧戦」 Divine Hunter and Bewitching-Tail Demon in the Strongest Party’s Siege
――前とは、やり方を変える。
ルイの静かな宣言に、誰一人として異を唱えなかった。
これまでの十二名によるローテーション制は撤廃され、“最強戦力”による一点突破へと切り替えられる。
セーフティゾーンである25階層から、すでに制圧済みの26階層を通過。
目指すは未知の領域――27階層。
地の底から脈打つように響く地鳴りが、隊の足下を震わせる。
先行するのは一つ目小僧。その額に備わる巨大な単眼が、天井裏、床下、壁の向こう、あらゆる死角をくまなく透視する。
「異常なし。27階層、進行可能」
ルイが静かに頷く。
その瞬間、静寂の軍勢が、音もなく動き始めた。
雷を足に纏うアーサー。指を鳴らすドーマン。笑う南無三。煙を吐く芦屋神祖。影の中のマタタビ。
天井の低い石の回廊を抜けると、空気が一変した。
鼻を突く硫黄と鉄錆の匂い。焼け残った魔法の瘴気が濃く漂い、歪んだ空間魔法の痕跡すらある。
だが恐れる者は一人もいない。
「散開。殲滅を開始する」
ルイの指示と共に、戦場が裂けた。
先陣を切るのはポンタ。
体を霧のように分裂させ、同時に複数の魔獣に襲いかかる。
爪が一閃するたび、血飛沫と悲鳴が短く上がり、即座に静寂に還る。
次にランスの剣が光条を描く。
その剣閃は空間を裂き、敵の装甲を“神性”すら宿す一撃で貫く。
数体が瞬時に斬り裂かれ、蒸発していった。
アシュラが空間を踏み抜く。三面六腕、無駄のない動き。
一つは角を捻じ折り、もう一つは胴を裂き、残る四腕が同時に群れを蹴散らす。
まるで踊るように、敵を砕いていく。
晴明は動かない。
だが、背から伸びた十本の尾が生き物のように蠢く。
その尾は拳のように肥大化し、敵の首を叩き折り、地を抉り、敵を地面に叩き込む。
舞い、打ち、貫く。式神の光が尾の端からあふれ、爆ぜ、魔法を中和する。
妖狐などという言葉では足りない。まさに“十拳の神獣”。
そしてルイの弓が静かに唸った。
一本目――矢が赤い光を纏い、空気を裂いて飛ぶ。
着弾と同時に標的の魔獣が苦悶の声を上げ、身体が光に包まれる。
直後、その魔獣が隣の敵に牙を剥き、襲いかかる。
同族を喰らう動きに、敵軍に混乱が走る。
二本目の矢は三つに分かれ、三方向から別々の敵の肩を貫いた。
それぞれの魔獣が数秒の硬直の後、全く別の方向へ駆け出し、味方を薙ぎ倒し始める。
その異常な行動に、後続の魔獣が次々に足を止めた。
第三の矢は矢羽から紫紋を浮かべ、敵軍中央へ――
着弾と同時に魔獣の群れがまるで合図を受けたかのように周囲を襲い始める。
一発一発が、戦況そのものを“書き換える”。
誰も言わないが、誰もが知っていた。
矢が放たれた瞬間、それは「支配の刻印」だった。
ルイは無言で矢を番え、矢筒に手を伸ばすたびに新たな魔獣が裏切り者となり、敵陣を食い荒らす。
その矢には破壊力はない。
だが命令を貫く、絶対的な意志があった。
戦況は一瞬で崩壊。
マタタビが影の中から喉笛をかき切り、ドーマンが地を這う黒炎で群れを焼き、
ヴァレンティナが血の鞭で魔核を抜き取りながら舞う。
酒呑童子と茨木童子は言葉もなく殴り、砕き、飛び、殺す。
二人の間に言葉は不要。ただ拳の軌跡と、落ちる血飛沫だけが意思を語る。
戦闘開始から五分も経たず、敵の半数以上――およそ二百体が瓦礫のように沈黙した。
一つ目小僧が天井裏から飛び出した魔獣を叩き落とし、戦線を完全に支配する。
ルイはすでに戦場の中央に立っていた。
倒れた味方モンスターは即時回復。死亡体は自動で分類・収容される。
彼は手袋を直し、矢を収めながら淡々と呟く。
「……使える。ちょうど三十体分」
黒紫の魔法陣が指先に浮かび上がり、
魂の残滓を封じ込めた御霊石が一体、また一体と形を成していく。
表情はない。ただ淡々と。だが目だけが、わずかに微光を宿す。
「拠点に戻れば、ホムンクルスの素材にはなるな。研究が進む」
その背に矢筒を収めながら、振り返らずに言う。
「次。28階層へ。……今度は、少し手応えが欲しい」
その言葉に、アーサーが口角を吊り上げた。
「ようやく本気を出せるか。少しくらいは楽しませろよ、なぁ?」
ダンジョン深層――
いま、“最強”による異界攻略戦が本格的に幕を開ける。




