第九話「開戦、茨鬼の斬閃」 The Battle Begins: Slash of the Thorned Oni
約束の一週間が過ぎたその夜、空は黒煙に染まり、星ひとつ瞬かない。風が止まり、虫の音も消えた。まるで天地が息を潜め、何かを待ち構えているかのようだった。
「来る……」
屋敷の庭で静かに佇む流威。式神の一部はすでに陣を張り、霊力を循環させていた。張り詰めた空気の中、ただひとつ──音もなく、一陣の風が吹いた。
「よっ、待たせたなァ」
次の瞬間、夜を切り裂くように現れたのは茨木童子。その手には妖刀《鬼哭》が携えられ、鞘から数ミリだけ顔を覗かせていた。
「悪ィな、待たせた分だけ派手に殺りてぇんだわ」
その言葉と同時、風鳴が響く。刹那、流威の脇を閃光が通り過ぎた。居合い──否、抜かれてすらいない。気圧で斬撃を飛ばしたのだ。
「――《結界・八重霞》!」
流威が咄嗟に結界を展開するも、薄く張られた結界の一層が音もなく断ち割られた。
「速ッ……!」
言葉より先に身体が動く。流威は掌から式札を放ち、《雷縛陣》を展開。空気が焦げ、雷撃が周囲に縛鎖を描く。
「雷ねぇ……上等だ!」
茨木童子は刀を抜かぬまま踏み込む。足元から噴き上がる雷を、居合いの踏み込みと体捌きで寸分狂わず避けていく。そして、ついに──
「見せてやるよ、オレの“鬼流・無明一閃”!」
鞘から刀がわずかに抜かれ、刃が月光を受けて閃いた瞬間、空間が歪んだ。次の瞬間、流威の前方にあった石灯籠が真っ二つに裂ける。
「もう抜いてる……?」
「オレ様の居合いは、目で追っちゃ駄目だぜ?」
笑いながら茨木童子が再び構える。流威は術式を編み直しながら叫ぶ。
「《影縛陣・朱蓮印》! 《式神・三位火狐》召喚!」
三体の狐型式神が火の輪を纏って出現し、茨木に向けて一斉に火球を撃ち放つ。だがその瞬間、風が巻き起こり、次の瞬間──
「《鬼哭・乱斬》ッ!!」
抜刀一閃。茨木童子が地を滑るように突っ込み、狐たちは悲鳴を上げる間もなく、一刀両断された。
「ちっ、やるじゃねぇか……!」
流威の頬をかすめる一筋の斬痕。だが、目の奥には恐れではなく──闘志が灯っていた。
「面白ぇ……なら、次は本気でいくぞ」